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実家の家族とチェビのインフルエンザも一段落ついてきたかと思ったら、ソウルに残っているクロから電話。電話の内容は、な~~んかねぇというような内容。今回の転職、クロは結構楽天的だった。条件に対しても、「日本の会社だし騙されることはないよ♪」なんて呑気なこと言っていたけど、私は「騙されてなくても、話が違うという話は日本の会社にだってたくさんあるよ!」と言ってきた。どうも雲行きが怪しい。。。とにかく会社がいつもこちらの質問にたいしていつもはっきりとした返事が帰ってきてないもんねぇ。。。私たちは日本で生活していけるのかなぁ。不安だ。。。
2006年01月31日
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昨日の夜から熱ぽかったチェビ、夜中にとうとう発熱38.8℃まであがってしまった。朝、家の中にインフルエンザにかかっている人がいるので、保険証はまだ作れてなかったけど、休日診療をしてくれる大きめの病院に連れて行き診察、見事?インフルエンザの診断をくだされた。。。TT韓国で予防接種受けたんだけどな~。受けたからこの程度ですんでるのか?歩くのもやっとだった母に比べてチェビは見た目かなり元気。でも乳幼児の病気は急に容態が変わるから怖いんだよね。。。さて、診察中に先生から薬について説明された。最近新聞とかでたまに目にした名前だ。「タミフル」副作用などを説明され、それでもこの薬を使うかどうか確認された。説明などを聞き、結局チェビがまだ幼く体力がないために自力回復は大変なために使うことにしたんだけど、医療とかも自己責任ってことが関わってくるんだな~と実感。 なんの治療されてるのかさっぱりわからなかった韓国の大病院より良いと思ったけど、他の人はどう思ってるんだろう。さて、お会計。今日は実費で払ってあとで払い戻しできるんだけど、薬代も入れて1万5千円ぐらいかかった。ひぇ~保険なかったら大変なことになってたね。あとでしっかり手続きしないとね。
2006年01月29日
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昨日の夜、仕事から帰ってきた母が、悪寒がすると言って早めに寝た。おばあちゃんの帰りを待っていたチェビはうつるといけないからと抱っこしてもらえなくてがっかり。。。そんな母が朝になっても起きられない、なんとか病院に行ってみると、インフルエンザの診断が。。。 父も風邪気味 私の弟も風邪で仕事を休み、一気にウィルスの館になってしまった我家。私は家族の家事に大忙し、チェビは大人がたくさんいるのに誰も自分にかまってくれないので、いじける・いじける。。。いくらいじけてもいいから、チェビよ君だけは風邪ひかないでくれ。
2006年01月27日
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昨日の夜の飛行機で日本に戻り、今日は早速転入届を出すために家の近くの市役所の連絡所に届に行ってきました。でも、韓国で産まれたチェビは日本に住民票があったことがないので、戸籍謄本やらなんやらが必要でした。なので戸籍謄本を取り寄せることからしないといけません。私達の本籍は父方の亡くなった祖母の住所のままなので、郵送で取り寄せないと。。。あ~面倒だな~。こういったのは韓国のほうが便利ですね。韓国だとどこの市役所とか町の事務所でも出してもらえるから。。。帰りに隣にあった児童館をのぞいて見ました。ボールプールとかおもちゃがたくさんあってチェビは大喜び。無料なので、チェビを遊ばせるにはいいかもしれません。でも、子供の保護者のママさんたちは、もう顔なじみの仲良しグループという感じで、初めて見るヨソモノ?(私たち)を横目でチラチラ、視線を感じて私には居心地が悪く感じられました。まぁずっと長くここに住むわけじゃないので、わりきって時々来ることにしましょう。。
2006年01月24日
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韓国の生活もいよいよ一区切り。散乱する荷物に対して家具などはずいぶんすっきりしてしまった。約6年半になった韓国生活だったけど、当然嫌なことも投げ出したくなることもあったけど、多くの人たちの助けてもらい、支えられてきた6年半だったと思う。その中でも一番感謝しないといけないのは、やっぱりJだ。彼女とは友達の友達の友達というずいぶん周りくどい紹介であった。なんというのか控えめでいつも相手の立場を考えてくれるJ。不安定な雇用の元の外国暮らしだからか、元々の性分なのか、仕事に追われるぐらいハードに生活していた私をいつも支えてくれた。彼女がいなかったら、たぶん私は最初の1年の契約を終えて帰国していたと思う。そうするとクロにも会わなかったし、ここで結婚することもなかったかもしれない。韓国人の友人の中でたった一人、このサイトを知っているJに韓国最後の日に改めてありがとうを言いたい。
2006年01月22日
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今日はチェビがオリニチブに行く最後の日。いつつもと同じように7時20分ごろ、「オリニチブ行こうか~」と声をかけると、チェビはガバッと起き上がる。そのあと、ホットミルク飲んで、ご飯ちょっと食べて、KBSの幼児番組見て、一踊り?してから着替えて登園準備OK!いつもオリニチブの車が迎えにくる薬屋さんの前で最後の車を待ってる時になんだか親が寂しい気持ちになってくるのはなんでだろう。車が来て、元気良くいってきまーすと言わんばかりに一生懸命私に手をふって最後の登園。そして5時ごろ、やっぱりいつもと同じように車にのって帰ってきた。いつもと違うのはオリニチブにおいてあった、着替えやあまったお尻拭きとかを持ってきたのでカバンが重いこと。先生が「チェビちゃん~ 今日が最後だね~ 先生もさびしいな。日本でも元気でね」とあいさつをしてくれても、チェビにはわからない。いつもと同じ金曜日、週末はお父さんお母さんと過ごしてまた月曜日には行くつもりだろう。嬉しそうに私に抱っこされて先生に、笑顔で手を振ってるもんね。でももう同じクラスのミンチョリにも、エウォニにも、ユニにも会えないんだよ。何もわからずにいつもと同じ金曜日を過ごしてるチェビを見て、親がなぜか涙がでてくる。
2006年01月20日
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この週末は釜山から義母が来ていた。私たちは韓国の旧正月の前に日本へ行ってしまうので、義母がチェビに会えるように招待したのだ。義母は最近仕事をしてるので、土日しか来られない。普通だったら面倒だとか言いそうだけど、チェビに関係することなら二つ返事だ。やっぱり孫はかわいいんだろう。義母がソウルに来たついでに、一緒に叔父さんや叔母さんたちの家に行って、帰国のあいさつ。これも仕事のひとつです。黙って姿を消したら印象悪いもんね。私から見るとかなーり濃い親戚関係で、良くしてもらったけど正直、疲れる原因でもあった一因だった。いざ離れるとなると、ほっとする反面、名残惜しい感じもするのが不思議だ。義母は、ソウルにいる間中、ずっとチェビを離さなかった。ずっと、「もう私がソウルに来る理由がない」とか「チェビだけ、おいて日本に行ってもいいぞ」とか言って別れを惜しんでました。義理の親って、自分の親と違って言いたいことも言えないし、理解し難い部分もあるけど、チェビにとっては大事なおばあちゃんの一人。愛情はいっぱい注いでもらってると思う。そう思うと、あまり文句ばっかりも言ってられないし、受け入れていかないといけない部分もあるなと思う。(できるなら、向こうにも受け入れて欲しいけど。。。)日本に行ったら時々写真送らないとね。
2006年01月15日
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ここ最近の私の肌は韓国の冬の乾燥でガサガサだった。同僚のおしゃれな先生にお肌チェックされるぐらい、傍目にもわかるものだったらしくて、なんとかしないといけないなと思っていたのだけど、(さぁ、ここまでは言い訳です。)思い切って、前から使ってみたかった韓方化粧品の雪花秀(ソラス)を買ってみました。実はこれ化粧品天国?の韓国化粧品の中では結構お高め。結婚前なら自分の欲しいものは自分で考えて購入していたけど、今は生活が最優先になっていたので、とても手がでなかった。でもこれも在韓の記念に(なんでもこれで片付ける…)最後にドーンと買ってしまえ~と買ってしまった。まだ、使ってないけど、きっとこんな化粧品の贅沢は最後だな。。。日本に行ったら、手作り化粧品作ってみる予定です。ちなみにクロはこの化粧品が高いのは知らない。ふふふ。。。
2006年01月12日
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残り少ない韓国生活、韓国らしいことをしてみようと(今更って感じなんですが…)占いに行ってみました。在韓の方は。ご存知だと思うのですが、韓国では四柱推命が一般的で、信じている人もかなり多いらしいです。占いで相性が悪いから結婚を反対されるというのも、珍しい話ではないみたいです。私は、まぁそこまで真剣に悩んでいることもないし、半分遊びでカフェでお茶を飲みながらみてくれる「サジュカペ(四柱カフェ)」友達と行ってみました。こういったお店は、梨花女子大前とかチョンノ、アップグジョンといったところに、ちょこちょこあるみたいです。私はチョンノで適当に入ってみました。飲みもの別で、鑑定料は1万ウォンです。見てくれるのは、これからの大体の運や適性、気をつけるといいことなどですが、私の場合は去年までが悪い運だったらしいです。お金は入るけど、使うから貯めるのは難しいとか、仕事運とかはあるとか、平均してそう悪いことは言われませんでしたが、結婚に関して、旦那の母親(義母ですね)が原因で夫婦喧嘩が起こりやすいと言われてしまいました…。 ははは… ノーコメントだなこれは…あと、60歳まで働く運だそうです。結果に左右される性格でもないので楽しめましたが、真に受けやすい人は占いってどうかな~って感じですね。まぁこれも在韓の思い出ということで、やってみました。
2006年01月10日
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1歳半になった時に、トイレトレーニングを始めようかなと思ったけど、結局親のほうに知識と時間と根性がなく、そのまま何もしていないまま。買ったオマルは一度も目的を果たさずに、チェビのおもちゃのひとつになってます…。でも、トイレトレーニングを始めようと思ったころから、時々トイレに行きたいことを教えるようになり、最近はその回数も前より増えてきた感じです。(といってもかなり気まぐれ)1歳9ヶ月になった日曜の朝、親はお寝坊したいけど、チェビはトイレに行きたいと私を起こします。こういう時はなぜかいつも私、お父さんじゃだめなのか?隣りで寝ているクロが恨めしい。。。トイレに連れて行き、ズボンを脱がせ、オムツをとる。そこで、「し~っ」とやってくれればいいのだけど、なぜかチェビは上の服も脱ぎたがるんですよね…。上の服は脱がなくていいよ~と教えても、イヤイヤ攻撃で結局、すっぽんぽんでおしっこをします。トイレは結構寒いのに不思議だ。。。
2006年01月08日
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韓国を生活の拠点にするのも後約2週間。12月いっぱいまで仕事をしていたので、いまいち実感がない。荷物は少しずつ整理をしてるのだけど、今まで引越しが多かったので、ソウル市内に引っ越すような気分だ。残りの期間、短いけどやれなかったこと、会えなかった友達に会っておこうと思うのに、仕事をやめてからなんだか無気力な状態が続いている。去年の4月から、クロが突然仕事を辞めて、学校に行くと言い出して、計画もないまま、私が一家の唯一の稼ぎ手になってから、できる仕事はほとんど断らないで仕事をしてきたので、緊張感が切れたのかもしれない。韓国にずっと住むということに、文句を言いながらもある意味覚悟?が出来てきた時期で、仕事の方向性とかも固まってきてたのに、地元でもない関東地方に行くことになって、若干混乱してるのかもしれない。日本に行くことに対して嬉しい気持ちと、私はそこで何をすればいいんだろうって気持ちが混じってるんだよね。クロの実家のことを考えると、数年後に韓国に戻る可能性がないと言えないのが余計に不安定なんだけど、今は先のことは考えないで、この2週間でできることだけを考えよう。。。
2006年01月05日
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さて、年もあけて2日目、韓国は新年の雰囲気はどこへやら、すっかりふつーうの月曜日です。12月の最後の週まで仕事をしていましたが、高校は冬休みに入ったので私は出勤することなく、家にいます。さぁ~のんびり~という訳にもいかず、やらなければならないことが目白押しです。2006年は我家の大変化の年になります。それは、日本に引越し!クロの転職のために、6年半になった韓国生活にひとまず区切りをつけて日本に引っ越します。私とチェビは一足お先に今月中にソウルを離れて私の実家に1ヶ月ぐらい行く予定です。引越しの準備をしないといけないのに、仕事完全燃焼で燃え尽きたのか無気力です。友達ににも会っておきたいのに、どうしましょう。。。ぼちぼち頑張りましょう。
2006年01月02日
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何をしたのかわからないまま、2005年が終わってしまいました。2006年を爽やかにスタート♪という訳ではありませんが、家族で初日の出を見に行きました。実は、私は初日の出好きで、日本にいる時はほとんど毎年見に行ってました。寝ぼすけクロと結婚してからは、遠のいていたのですが、今年はクロが(珍しく)下調べをしてくれて、家からもあまり遠くないアチャ山で日の出を見ることにしました。このアチャ山、とても緩やかな登山道(というか散歩道)で、子連れでもそんなに無理がありません。といってもチェビはずっとクロが抱っこ紐で抱っこしていたので、クロは大変だったと思うけど、息切れすることなく約30分かけて頂上へ。。。頂上はとにかく人・人・人で、一瞬 新年ご来光を見に圧死事故と頭によぎるほどの混雑。とてもチェビを連れて、その中に入る気になれず、中心部までは行きませんでした。しかし、せっかく早起きしたけど、天気は曇り。ご来光の光一筋も見えませんでした。でもまぁ早起きして出かけたことに意義があるかな。どうか今年も家族が健康で元気に過ごせますように… と心でお祈りしてきました。皆さんの1年も幸多いものでありますように。。。
2006年01月01日
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