The locus of the moon

バトルバレンタイン（平野菜月）

バレンタインの朝、女生徒は鞄にチョコレートを忍ばせて登校する。
胸はドキドキ。彼はもらってくれるのかしら？そんなことをきっと考えているのだろう。
友達との会話も誰にチョコをあげるか、彼はもらってくれるか？そんな話題ばかりだ。
「ねえ、誰にあげるの？」
「私はねえ・・・」
そんな乙女の語らいを壊すように学園内に校内放送が流れた。
ピンポンパンポーン。
「学園の皆様、おはようございます。本日の授業は午前中までとなります。」
その放送を聞いた生徒達からは”ラッキー！”という言葉がこぼれ落ちた。
しかしラッキーと思えたのはそこまで。
「本日はバレンタインを記念してイベントを行いたいと思います。名付けて”バトルバレンタイン”！！」
その放送を聞いた生徒達は嫌な予感を隠しきれなかった。
「チョコを渡したい女子は渡したい男子に。チョコをもらいたい男子は好きな女子に。戦いを挑みましょう！！女子は義理チョコの場合は戦いをさけることができます。チョコをもらいたい女子に男子が群がる場合は男子が戦い女子に挑む１名をきめた上で女子と戦って下さい。」
嫌な予感は適中のようだ。こんなバレンタインが許されていいのか？！
そんな疑問を全ての生徒が感じている時、放送部の明るい声が流れた。
「武器は使わないで下さいね。あ、特種能力は死なない程度に使って下さい。それでは良いバレンタインを。」
そんなんで良いバレンタインがおくれるか！！そんな突っ込みを入れながら、授業開始のチャイムとともに生徒は教室の中へと入っていった。
緊張感をただよわせた中、午前中の授業が終わった。
そして戦いは始まった。

ー　平野菜月の場合　ー

朝の不吉な放送から数時間。
あと少しで午前中の授業が終わり間もなく学校は戦場と化す。
平野は事務の仕事をしながら数日前の事を思い出した。

「平野さん。」
事務の仕事を終え校門から帰ろうとしている平野菜月に声をかけてきたのは一人の少女。
名前は小林初音。高校３年生で以前告白された子だ。
小林初音が告白をした時平野菜月は少し考えると小林初音に微笑み
「私なんかよりいい人がすぐに見つかるよ」
平野は本心からそう言った。しかし小林初音は平野菜月に迫ると
「でも今は平野さんが好き」
と言うと少し微笑み
「せめてバレンタイン、貰って下さいね」
そういうと元気よく校門から立ち去っていった。
平野菜月は小林初音の後ろ姿が小さくなるまで見送ると、傍らの蒼イオナが
「乙女心ってやつをわかってあげなよ。せめてっていってるじゃん、貰ってやるのがあの娘の幸せだよ」
珍しくそう言い出した。女の子が関わるといつもうるさい蒼イオナが自分から言い出したのだ。平野菜月は珍しい事もあるものだと思ったが、どうにも気が引ける。
そんな平野菜月に蒼イオナは
「付き合う気がないなら高校最後のバレンタインくらいもらってあげなよ」
としつこく言い続ける。平野菜月は蒼イオナの言葉に
「わかったよ当日は素直に受け取るよ。」

そしてバレンタイン当日。
不吉な放送が校内の朝の雰囲気をぶち壊した。
「受け取るつもりだったのに、何でこうなるのかな。」
平野菜月はガクリと肩を落とすと蒼イオナに向かい語りかけた。蒼イオナは楽しそうに
「何でかなー♪」
と鼻歌まじりで平野菜月に答えた。その様子を見て平野菜月は一抹の不安を覚えたがそれを消すように
「ともかく今日は受け取らないと。」
そう言うと蒼イオナに向かい
「助けはいらないからな。」
と言い放った。蒼イオナはその言葉を聞くと楽しそうに
「ふふん、どうしようかねー」
蒼イオナの楽しげな様子は続いたままだ。元々楽しい事が好きな蒼イオナの事。
こんなお祭り騒ぎのイベントを楽しまないはずは無い。
平野菜月は少し考えると小林初音の事を思い浮かべた。
「初音のチョコは絶対に俺が」
拳をぐっと握りしめると青年。初音と同じ歳で事務を手伝うアキ。
平野の言っていたいい人とはこのアキの事である。
背は平野より高く細身、初音の幼馴染みでずっと初音の事を想っている。
実は初音はそこそこ人気がありチョコをもらいたい男子も複数いるだろう。このイベントでアキが初音からチョコをもらえる可能性はかなり低い。なにより平野菜月が参加する事によってアキがチョコをもらえる可能性は低くなる。
「臨時事務員が出るのも変だし敵も多いけどなんとかしなくちゃな」
平野菜月は思った。
（私もアキもチョコが受け取れる方法…）
そんな風に平野菜月が考えている頃、蒼イオナは平野菜月達へととんでもないイタズラを考えていた

そして平野菜月の戦いは始まった。

ー　蒼イオナの企み　ー

午前中の授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響いた瞬間、学校中に生徒の走る足音が鳴り響いた。
平野菜月も昼食もそこそこに立ち上がると小林初音を探すため席を立った。
そして傍らの蒼イオナに話しかけようとすると
「私は学校の中を見てくるから、菜月は一人で頑張ってね。」
そう言うと蒼イオナはどこかへと去っていった。
平野菜月はそんな蒼イオナの行動に呆然とした。
「何か嫌な予感がする……」
そう呟くが、蒼イオナが何をするつもりなのかわからない。
「ともかく初音さんを探さないと。」
そう言うと校内へと走り出した。

平野菜月の元を飛び出した蒼イオナは平野菜月が簡単にチョコをもらっては面白く無いと思っていた。
確かに最初は小林初音のチョコを貰ってあげたらいいのに、と思っていた。
しかしバレンタイン当日にこんなイベントがあると知っていたらそんな言葉は言わなかった。
「やっぱり苦労してもらったチョコの方が嬉しさ倍増よね。」
蒼イオナはそう言いながら校内をふらふらと回った。
午前中の授業が終わってからの校内は緊張感漂う雰囲気でいつもの楽しげな校内とは全く違っていた。
女生徒にじりじりと迫る男子生徒。
「チョコくれって言ってるだろう！」
迫られた女生徒はじりじりと後ろに下がりながら
「これは本命にあげるチョコなの！あんたにあげるチョコじゃないって言ってるでしょ！」
それを聞いた男子生徒は少し俯くと
「仕方が無い……ならば力づくで奪うのみ！！」
そして戦いが始まった。蒼イオナはそんな様子を楽しげに見ながら
「さーて、どうしようかな？菜月にイタズラしたいけど良い人材がみつからないのよね。」
蒼イオナはぐるりと周りを見回すと遠くの方から男子生徒の叫び声が聞こえた。
「助けてくれー！！」
叫び声を聞くと蒼イオナは首を傾げ
「男子生徒が助けてくれ？男子だよね？？」
そして叫び声の方向に向かった。そこで蒼イオナが見たのは信じられない光景だった。
少女が男子の襟首を掴み笑っていたのだ。
その少女は肩までの黒髪に細身の体型。そして白い肌は動いたせいか頬がほんのり赤くなっている。瞳は茶色でイタズラそうな感じがする。
「ふふふ、チョコが欲しければ私を倒すのよ！だってそういうイベントなんだもの。」
少女は楽しげに周りに群がる男子と女子に言葉を吐いた。
蒼イオナはその少女を見て
（この少女……協力してくれないかしら。）
と思いながらじっと少女を見つめた。すると少女が蒼イオナをじっと見つめはじめた。
「何か用なの？」
少女は蒼イオナに向かい話しかけた。蒼イオナは驚くと少女に向かい
「私が見えるの？」
と話しかけた。少女が頷くのを見ると蒼イオナはニヤリと笑った。
「初めて会うのにこんな話をするのは失礼だと思うんだけど、協力してほしいの。」
そう話を持ちかけた。少女は少し考えると、襟首を掴んでいた男子生徒を放し蒼イオナへ向き合った。そして
「楽しい話なら大歓迎だよ。」
と言うと蒼イオナに笑いかけた。少女の笑顔を見ると蒼イオナは
「私は水と温度を操る聖霊、蒼イオナ。あなたの名前はなんて言うの？」
すると少女は
「私の名前は蒼崎・そらの。１７歳の女子高生だよ。」
と元気に答えた。そして蒼イオナは蒼崎・そらのに自分の企みを話しはじめた。

ー　二人のイタズラ　ー

蒼イオナは蒼崎・そらのへ自分の企みを話した。
そして平野菜月の外見を事細かに話した。その他にもチョコを渡したい小林初音という人物。そして小林初音からチョコをもらいたいアキという人物の事も話した。
幸い蒼崎・そらのは小林初音とアキの事は知っているという事で細かい話は省く事ができた。

「要するに平野菜月さんが簡単にチョコを受け取れないようにすればいいのね。」
蒼崎・そらのはイタズラな微笑みを浮かべると蒼イオナへ語りかけた。
「そうなの。やっぱり苦労してもらったチョコの方が嬉しいと思うの。」
蒼崎・そらのはうんうんと頷きながら蒼イオナの話を聞いている。
「やっぱりイベントはとことん楽しまなくちゃいけないよね。」
そして二人はイタズラの企みを話しはじめた。

平野菜月は小林初音を探し高校三年の教室へと向かって行った。
校内の有様は散々なもので、男子や女子が倒れていたり、戦いが行なわれたりと普通の学園内の様子からは考えられないものだった。
そんな時だった。
「やめて！」
それは小林初音の声だった。平野菜月は声の聞こえた方向へと走った。
そしてそこで見たのは小林初音からチョコを貰おうとした人間が倒れている中、アキと見知らぬ少女が戦っているという信じられない光景だった。
「え？何で男子と女子が戦ってるんだ？？」
平野菜月は疑問を抱きながらも小林初音に近づいた。
「初音さん、どういう事？あの女の子は誰？」
平野菜月は小林初音に近づきこの状況が何故出来上がったのかを聞いた。
すると小林初音は首を横に振り
「わからないんです。あの女の子は蒼崎・そらのと言って私の後輩の子なんですが、私からチョコを貰いたいから勝負しろってアキに迫って……何でこうなったかよくわからないんです。」
と自分でもよくわからないという風に平野菜月へ説明した。
すると蒼イオナが突然現れ平野菜月に向かい
「菜月もチョコ欲しいんでしょ？だったら戦いに参加しないとね。」
イタズラな笑いを浮かべると平野菜月の肩をトントンと叩いてみせた。
平野菜月は蒼イオナの言葉で全てを理解した。
「お前、何かするとは思ってたけど……」
と蒼イオナをキッと睨んだ。蒼イオナは何も知らないわという顔をすると平野菜月をせかした
「早くしないと小林初音からチョコがもらえないわよ。」
確かにこのままではチョコはもらえない。というか蒼崎・そらのが男のアキを押している状況を見て平野菜月はあわてて戦いの中に飛び込んだ。
そして平野菜月はアキに向かい
「大丈夫か？」
と話しかけた。アキは乱れた息を整えながら
「あまり大丈夫じゃない。蒼崎・そらのは運動神経が抜群に良いからハッキリ言って一人で勝つのは無理だ。」
その言葉を聞くと平野菜月は仕方が無いという感じで
「女の子に手を挙げたく無いけど……この状況だと戦わないでチョコを貰うのは不可能に近いな。仕方が無い協力してあの子を倒そう。」
アキもそれに頷き二人対一人の戦いが始まった。
しかし女性はどんな宝石よりも尊く思っている平野菜月にとって蒼崎・そらのと戦う事は苦渋の選択。防戦一方になってしまった。
アキも女の子相手という事で手加減をしている様子。そんな二人を蒼崎・そらのは容赦なく攻撃する。

結果。
蒼崎・そらのは二人に勝利した。

ー　チョコは誰の手に？　ー

蒼崎・そらのは晴々とした顔で
「あー、良い運動した。蒼イオナさんこんなもんでいい？」
と蒼イオナに向かって話しかけた。蒼イオナは嬉しそうに微笑むと
「予想以上よ。そらのちゃんすごいわ。」
そらのは蒼イオナの言葉に少し照れてみせると、ポケットからチョコを出し小林初音と平野菜月にそれぞれ渡した。
平野菜月と小林初音は驚き二人揃って
「え、何で？」
と蒼崎・そらのへ聞いてみせた。すると蒼崎・そらのは二人に微笑みかけると
「あ、それ義理ですから。特に意味はありません。」
ケロリとした顔で二人に言ってのけた。二人は抗議の声を上げようとしたが
「抗議は受け付けません。イベントは楽しくね♪」
そう言うと二人の肩をポンポンと叩いてみせた。
「初音先輩、そのチョコを誰かに渡してもかまいませんよ。何と言っても義理ですから。」
その言葉に平野菜月ははたと気がついた。初音が一つのチョコしか持ってきていなかったら戦いになる。二つチョコがあれば平野菜月は義理チョコをもらえばいい。
「お前もしかしてその為に……」
蒼イオナを見つめそう言うと蒼イオナは何も知らないという顔をしてそっぽを向いた。そして平野菜月に向かい
「小林初音から早くチョコをもらったら？」
と言った。平野菜月は少し微笑みながら頷くと小林初音に近づき蒼崎・そらのが渡したチョコを手に取った。
「私はこのチョコで十分だよ。あとはアキと話してみて。」
そう言うとその場を立ち去った。蒼崎・そらのもその後を追って小林初音のもとから立ち去った。

「で、このチョコはどういう意味なのかな？」
平野菜月は後からついてきた蒼崎・そらのに問いただした。
蒼崎・そらのは少し考えると
「まあ、努力賞という感じでしょうか？平野さん頑張ってたから。」
平野菜月は少し笑うと蒼崎・そらのからもらったチョコを見つめ
「努力賞か……」
と微笑みながら呟いた。
平野菜月はこのあと小林初音とアキが上手くいく事を願いながら二つのチョコをポケットにしまった。

こうして平野菜月の波乱に満ちたバレンタインは終わりを告げたのだった。

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