MR(医薬情報担当者)コメンテーターの日記

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2008年01月13日
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朝日新聞 2008年01月13日
「赤い張り紙」贈り主だれ? 阪神大震災13年後に判明
sinsai
 阪神大震災で、語り継がれた「なぞ」があった。電話がつながらず、行政機能もまひした当時、各地の避難所などでひときわ目立ち、被災者と家族や友人を結んだ赤い枠の伝言メモだ。誰がこの用紙を用意したのか分からないままだったが、震災から13年を前に、研究者が「広告マンのアイデアだった」と明らかにした。近く日本災害情報学会の会報で公表する。
  当時、神戸市広報課長だった桜井誠一・保健福祉局長は「ずっと気になっていたんです」と言う。市庁舎の玄関にいつの間にか大量の張り紙の用紙が積まれていた。誰が届けたのかわからず、「海外のレスキュー隊では」とうわさされた。
 調査した吉井正彦・国立民族学博物館客員教授によると、博報堂関西支社(大阪市北区)が届けたものだった。
 13年前の1月17日、同社では、幹部が社員の安否確認に追われていた。夕方、支社長代理だった岩崎富士男さん(現・大阪芸術大教授)が、プロモーション局長の瀧川忠昭さん(同)を地下の喫茶店に誘った。「会社として何ができるか」と2人で考えた。
 岩崎さんは一足先に車で被災地の惨状を見ていた。目についたのが、ノートの切れ端やメモ用紙などに走り書きした伝言だった。
 「我々はコミュニケーションの専門家だ」
 CM制作に携わってきた岩崎さんがこだわったのが、シンプルな赤枠だった。「とにかく人に見てもらいたかった」。震災の翌日、予算を確保して発注した。

 その後、岩崎さんらはこのことを語らなかった。会社のPRに利用したくないという思いだけでなく、「あの惨状を前に何ができたか」という無力感もあったからだ。
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この記事を見て、ああ、そうだったなあ、、と震災の時を思い出しました。
そう阪神大震災の当時、みんな「自分に何ができるか?」を考えていました。
博報堂の方はこういう風に考えて行動していたんだと改めて知りました。
そう、我々はまず、情報収集と何が必要かを調査し、、会社へ飲料水と食料品とバンドエイドなどの応急処置の薬箱が必要と訴えて用意してもらい、病院、医院に配りまわり、片付けなど、いろいろなお手伝いをしたものです。
ある院長から、こういう物資よりも夜、パトロールをして欲しいと言われたりもしました、、。
もうすぐ、17日がやってきます。





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最終更新日  2008年01月13日 18時19分18秒
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