たぬきぶたの日記2

たぬきぶたの日記2

高森駅にて



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高森駅 夕暮れの発車 




高森線(現:南阿蘇鉄道)高森駅の発車

2008年6月1日の日記から

今日(5月31日)まで写真屋の半額キャンペーンでした。

そのために、全紙サイズに伸ばせる作品をスキャンしてはレタッチソフトで

修正する作業を延々とやっていました。

これらをアップしたいという気持ちと、順序がめちゃくちゃになってしまう

心配との葛藤がありましたが、どうせすでに記憶がばらばらですから、

この際、あるものから出してしまおうと決めました。

楽天のフォト容量もそろそろ限界が見えてきました。

いいものから先に出さないと、一杯になってからでは困ります。

引っ越し作業をぼちぼち考えなくてはいけません。


とりあえず、この1枚です。

高森線のC12の夕暮れの発車です。




根子岳をバックに高森駅発車ブログ用.jpg


昭和49年4月6日  大学2年の春休み

高森駅の発車です。

後方は阿蘇の外輪山の中でも形が独特で有名な根子岳です。

延岡から高千穂線とバスで阿蘇に入ったのですが、高森に着いたのは

夕刻だった。バスの車中は疲れで寝ていたので、九十九曲がりのあたりは

見ていたが、他はさっぱり記憶がない。

さて、晩飯を食うにはちと早い。まだ薄明かりの残っている九州ではなんとか撮影できる状況です。

こんな夕暮れのショットもいいものです。写すことにしました。

なんとか、阿蘇山の特徴を入れた構図で撮影できた。

そして、この1枚を撮影した後が思い出深い。


えらい騒動だったのです。

高校時代と違って学生時代は、リュックに寝袋を入れて、何処でも

寝ることができる体力と図々しさと厚かましさで旅をしていた。

この列車を写した後はさすがに暗くなって、もう無理です。

立野へ向かった列車が帰ってくるには、もう少し時間がかかる。

高森駅にはもうSLはいない。そこで、本日は晩飯を食って、終わりにすることにした。


さて、飯をどこで食うか。田舎の小さな町です。駅前に食堂といっても

数軒しかありません。その内の1軒に入って晩ご飯。

当時の僕の注文は大抵が「めし」、「みそ汁」だけ。



その店は一部に畳の場所がありました。九州の人はやさしい。

ほんとに優しい。都会で暮らしはじめて感じるこの優しさは

九州ならではのことですね。そうなんです。今夜の宿を頼んだのです。


食事が終わって、僕が最後の客でした。

「あの~~、今夜は寝るところがないのですけど、泊めてもらえませんか?」

捜せば旅館の1軒ぐらいはあると思いますが、ここで僕の演技が活きる。

いかにも貧乏学生がSLの趣味で各地を回っているという風体ですから、

かわいそうに思ってくれたのでしょう。


「え!、え~。そうですねえ、じゃあそこの畳のところでいいですか?」

「十分です。ありがとうございます。」

九州なまりの丁寧な言葉を使ってお礼を言います。


寝袋は持っていましたが、蒲団を出してくれました。感謝、感激でした。

パジャマなんて気の利いた物は持っていません。着の身着のままで

蒲団に入り込みました。よごれたズボンのままで、きれいな蒲団に入るのは

気が引けたが、さりとてズボンを脱いだらもっときたない。

普段は夜更かしをするのですが、さすがに ぐっすりと寝てしまった。


気が付いたら、朝の8時を過ぎている。えらいこっちゃ。

あわてて、蒲団を片づけ、店を出た。

店の人はいなかった。メモにありがとうの文字を書いて、出発。


予定では朝の一番からの列車を写すはずだった。

何とか車を拾って目的地の立野鉄橋に着いた。

高森線自体が、立野~高森ですから、ほぼ端から端まで移動したことになる。


朝飯にパンでも買おうかと、ポケットを探ると、ない。ない。ない。

全財産の入ったサイフがない。

朝からの行動を振り返ると、なくしたのはあの店しかない。

電話を探して、駅前のあの店の番号を聞き出す。

電話代の小銭は運よくポケットにあった。やっと電話をすることができた。

聞いてみた。

捜してくれたがないという。俺の悪運もついにここまでか。

金がないとこれ以上の旅はできない。

撮影もしたかったが、どうしても諦めるわけにはいかない。また、車を捜して戻った。


店に着いた。説明して、店のおかみさんも一緒に捜してくれた。

ない。ない。

念のためにと、自分が折りたたんで片づけた蒲団を伸ばした。


あった~! 見つけたあ~。

執念でした。ハイ。店のおかみさんも

「あらまあ、もっと早くに蒲団を片づけていたら分かったのにねえ。

でも見つかって良かったね。」

再度のお礼を言いまして、目的地まで急いだ。もう時間が少ない。


またもや、ヒッチハイク。なんとか着いた。

上り列車を2本と下り列車を2本ずつ写す予定が大幅に狂った。

こうしてあの鉄橋のカラー写真は撮影できたのです。


だから、高森線での思い出といえば、写真のすばらしさ、その日の

天気が良かったこと、店のおかみさんの優しさが強く心に残っている。

あらためて思いますね。九州の人たちは優しい。

長々と思い出話を読んでくださったみなさんも優しいですねえ。

感謝です。



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