たぬきぶたの日記2

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渡の鉄橋



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 肥薩線 渡駅 西の鉄橋




渡駅西の鉄橋

昭和48年3月24日

今回の南九州の撮影は肥薩線からです。人吉から吉松までの有名な大畑の大ループを

撮影することなく、廃止となってしまった。

残った川線と呼ばれる八代~人吉区間もこの日で終了でした。

情報をつかんでいなかったので、現地で聞いて、びっくりでした。



球磨川沿いに走るC57は撮影地にことかかないのですが、どうも人気が出ない。

何故?  僕なりの結論は、線路と道路が平行して走っているので、どうしても

同じ構図ばかりになる。 違うかな。

車を使えば追いかけて撮影できるし、1日でいろんな場所で撮影できる。

ただし、同じような写真になる。

ほんとはね、時刻によって違うし、上り、下りで煙も違うのだが、勾配のない平坦な

路線は人気がでない。それに、線路が道路から逆光になる所が多くて、いい光線状態で

撮影できないことでしょうか。



それに、線路と距離があるので、どうしても望遠レンズが必要です。

とにかく大畑の大ループの人気の影に隠れてしまったように感じる。

僕だけかなあ。それでも、球磨川沿いのC57が撮影できるのは嬉しいです。



3ヵ所目の撮影地は渡駅の西にある第2橋梁です。



肥薩線鉄橋を過ぎてブログ用.jpg



望遠レンズで撮影しているように見えますが、どうだったかな?

記憶がないのです。

列車本数が少ないのと、馴染みがないのと、C57のスターがいなかった。

どうしても、宮崎やC55のいる吉松から南に集中してしまった。



ここを撮影してから、ヒッチハイクで人吉まで行っているのだが、その行動も記憶にない。

ひどいことには、人吉から吉松までの、大畑の大ループを見ていない。

寝ていました。ここのD51の煙もくもくにあこがれたのに、終わったからとはいえ、

窓からその景色を見たかった。見たかったけど、疲れで寝てしまった。

かろうじて真幸駅のスイッチバックでは目は開いていた。



吉松には何時ごろに着いたのだろう。思い出せない。

残ったネガを見たら思い出すかもしれない。

最後の日の貨物列車1本だけの肥薩線だった。

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来年あたりに人吉に行ってみようと思っている。

人吉から東へ湯前線があった。今はくまがわ鉄道となっているが、ここで8620形式が走っていた。

この8620が肥薩線の川線をイベント列車として復活している。

イベント列車のころに訪ねてみたいなあ。



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