たぬきぶたの日記2

たぬきぶたの日記2

行きはよいよい帰りは惨め(2)




前のページ | ホームに戻る | 次のページ

行きはよいよい帰りは惨め(2)




行きはよいよい帰りは惨め(2)

隣に住んでいるというだけの理由で、どこの何者か分からない男を独身の若い女性が部屋に招き入れる。

現在では(いや、たとえ昔でも)考えられない状態ですよね。

でも、何となくすんなりと部屋に上がり込んだんです。ほんとに厚かましいと思います。

ひとしきり○○さんとの関係を説明しまして、要するに単なる知り合いなんです。

学生時代に3年間ほど、僕の友だちの彼女というわけで、親しく話はしていたし、

年下の妹みたいな感じで接していたものですから、遠慮はありません。

会えば「やあ、元気か」程度の挨拶をする間柄でしょうか。

隣人の彼女は夕ご飯はまだみたいで、当然僕もですよ。というわけでご馳走になりました。(いいのかねえ。)

話も尽きたあたりで、もう10時を過ぎています。○○さんはまだ帰ってきません。

(言いにくいのでこれから別の名前でいいます。中島みゆきさんが好きなので、みゆきにします。)

どうしましょう?

(この厚かましい男、おいとまする気配もない。でも今更出て行けとも言いにくい。)

僕は実は疲れていた。なんせ10時間以上もバイクに乗っていたわけですから、

そりゃ疲れますよ。もう少し待ってみようと、なったんですが、11時になってもみゆきさんは帰ってこない。こうなりゃ、どこでも寝る僕のこと、頼みました。

「あの~、すみませんが、ここで寝かせてもらえませんか?」

「いいですよ。じゃあ、ベッド使ってください。」

「え~、いやいや、ソファでいいですよ。どこでも寝られますから。」

それでも彼女はお客さんに親切な対応をするやさしい性格の人なんでしょうか、

結局僕がベッドで、彼女がソファで寝ました。

もうすごい睡魔でしたから、この状況を冷静に判断できませんでしたが、

据え膳を食う状態だったんでしょうね。

若い女性の一人住まいに、男が泊まり込んでいる。

で、結果は・・・・・

ふかふかの布団で感激でした。わあ~、さすが女性だなあ。

俺のせんべい蒲団とはえらい違いだ。

気持ち良かった。ぐっすりと寝た。(爆睡)

朝は彼女よりも早く起きた。隣のみゆきは帰ってきたのかと、確かめたが

結局帰っていなかった。彼氏のところでお泊まりだったのかな。まあ、どうでもいいや。

ようするに、目的地に行くにあたり、難関の一泊をクリアできたということです。

普通の人なら知らないところで泊まるというのが抵抗あると思いますが、僕の場合は

こんなことに慣れている。SLを撮影旅行していたので、駅の待合室だろうが、倉庫の中だろうが、夜露さえしのげれば、何処でも寝ることができる。

また、知らない人とすぐにお友達になって、厚かましく願いを達成してきた。

九州で撮影旅行のときも食堂で知り合ったおじさんに一晩泊めて貰った。

常識では考えられない行動をしますね。我ながら呆れています。

さて、これからどうするか。もちろん彼女に会いにいくために、ここまで来ているわけですから、早々にここを引き上げることにしました。

みゆきの隣人さんは急な災難が降ってきたわけですが、どんな気持ちで寝たのでしょう。

起こすのも悪いような気がしまして、書き置きをして出発することにしました。

「見ず知らずの男に一泊のお世話をしていただき、ありがとうございます。たぬき」

一宿一飯の恩義は感じても、何もお礼をしない男でした。

「据え膳食わぬは男の恥」という言葉がありますが、う~ん、恥ばかりかいているね。

彼女の名誉のためにいいますが、彼女は美人でした。優しくて、料理は上手で、

すてきでしたね。

出発にあたり、名前と住所が知りたかったんですが、(後でお礼の手紙を出そうと思いましたよ)結局、起こさなかったので、知らずじまいでした。

さよなら、見ず知らずの優しい人。みゆきさんとはその後も音信不通です。

さあ、出発。いざ難関の山国へ。


Last updated 2007.10.26 23:07:46

いざ行かん信州へ。ぐっすりと眠れたので元気回復です。

木曽川沿いの国道を北上します。春日井、多治見を過ぎて恵那市まで来ると、

いよいよ標高が高くなったのが感じます。中津川も懐かしい思い出のある町です。

大学に入った時の5月まで中津川と塩尻までSLが走っていました。

6月から中央西線が電化されることになっていましたが、南木曽駅と田立駅の間は

新線を別ルートで作ることになっており、旧線部分は電化のための架線がなく撮影には好条件ということで、人気の撮影場所でした。

ぼくも5月の連休を利用して撮影に行きました。このときの写真がまた傑作です。

何千枚もの作品の中でおそらくNO.1の出来です。

ここに出せないのが悔やまれます。いつか出しますね。

さて、中津川をすぎると、旧中山道の有名な馬籠宿です。

せっかくバイクで来ているのですから、見学していきます。

馬籠峠を過ぎて今度は妻籠です。ここは東の天竜川へ抜ける清内路峠への分岐点。

ひとしきり有名な宿場町の雰囲気を楽しみました。さっきの馬籠峠も結構な坂道でしたが、

これからの坂道は予想がつきません。覚悟はしていたけどね。

順調に東へ向かっていたのですが、そこに罠があった。

だんだんと道が狭くなっていく。あれ!!!

ちと不安になってきましたが、とりあえず東に向かっているのは確かだったので、そのまま進んだ。舗装はされているがこの坂はきつい。

トップギヤーどころかセカンドギヤーでないと進まない。いつまで続くこの峠。

ついにはローギヤーでないと止まってしまう。ローで回転数を上げてセカンドに。すると、

また上れない。またまたローに切り替える。これの繰り返し。

えらい峠です。道はくねくね。行き交う車もほとんどない。こりゃ、間違えているぞ!。

ここまで進んだらもう引き返せない。どうせ予定の峠でも似たようなもんだと思ったので、

そのまま進むことにした。

後で確かめたら予定の清内路峠は一度南下していくんですね。途中の分岐点で間違えてしまった。

真横に横断したので距離的には近いようだが、坂のきつさにはまいった。

太平峠というのでした。木曽峠ともいうそうです。

そのかわり、峠を過ぎて見えた景色はすばらしかった。木曽川の谷筋は渓谷が狭いので

何となく暗い感じがしますが、こちらの天竜川の谷筋は幅が広いせいか明るく感じます。

峠は上りも大変ですが、下りはより慎重にしないと怖いです。

今度もローギヤーでエンジンブレーキを利用して下ります。

飯田市の街並みは市といっても土地の広い田舎ですから、開けた明るい印象です。

信州といっても、北信の長野が中心の善光寺平、中信の松本盆地、南信の飯田、伊那盆地と、縦長なんです。気候も全然違います。

さて、やっと飯田市までたどり着きました。腹減った。でも、もう少しで会えるとなると、

飯を食う時間も惜しい。目的地の一つはもうすぐです。

1時間ぐらいの再会を予定していました。

夕刻には松本まで行かなければと、思うとのんびりとはできません。

もっとも、彼女の家で長居をするかもという、期待はあるのですが。

ここで、しばらく北上を続けました。まばらな集落をすぎて、地元の方に聞きました。

「そこなら通り過ぎていますよ。もっと南です。」

あれ?このあたりに家なんてあるかなあ。

そういえば、昔の彼女の話を思い出した。

「私の家?すっごい山奥のいなかだよ。」

たいがい川から標高の高いところにいるのに、まだあるの?

住所の番地からすると、どうもこのあたり。

見上げると山肌に一軒の家が・・・・・・あった。

あれかな。とりあえず、行ってみるべえ。

でもどこに道があるの?どうやってあがるの?

やっと見つけた。

でもローギヤーでも上がれない。両足でこぎながら、駄目なところは押していった。

なんだ坂、こんな坂。

着いたあ~。


Last updated 2007.10.28 00:18:19




前のページ | ホームに戻る | 次のページ


© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: