三代目の挑戦

Dec 14, 2011
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福島さんは9歳で失明、18歳で聴覚を失った。

光も音もない世界で、孤独と絶望にさいなまれてきた。

その後、指先を点字タイプライターのキーに見立てて打つ、

「指点字」という方法を母とともに考案、他者とのコミュニケーションを

取りもどし社会とつながっています。


目が見えない、耳が聞こえない状態。

想像を絶する世界で生きていく福島さんのお話しをある本で拝見しました。



私が思うに「修業」というのは、



高みに連れていこうとする営みのこと。

ビジネスでも、学問でも、お寺の勤行なんかでも

そうかもしれない。


しんどいことはしんどいけれど、

そのしんどいことを通して別の喜び、

別の景色が見えてくるということだと思います。


私自身は障害を持ったほうがよかった、

などと単純には言いません。


ただ、たまたま障害を持つという運命を

与えられたことによって、自分自身の人生について、

また障害を持つとは何なのか、



といったことを考えるきっかけを得ました。


誰かに質問されなくても、絶えずそのことは

心のどこかで考えていることになりますので。


そういう人生における「問い」が

私の心の中に刻まれたという点で、




完全な答えが出ることはないでしょうが、

重要なことは、問いがあって、

その問いについて考え続けることだと思います。


その部分的な答えとしては、おそらく人間の価値は

「具体的に何をするか」で決まるということ。



さらに、テレビのインタビューではこんな風に答えています。



私は、何が幸福か不幸かっていうのは、もちろん人によっていろいろあるだろうけれども、

すごいしんどい経験をした時にね、つらさ、苦悩というのも何か意味が

あるんじゃないかなと思うことにしようと。


実は同じようなことを言っている人はたくさんいることが分かって。

ナチスドイツの収容所に入れられた経験のある人で、

ヴィクトール・フランクルという人がいるんですが。彼の本を読んでいて、

すごい公式に出会ったんです。



その公式は、絶望=苦悩-意味って言うんですね。



左辺に絶望があって、絶望=苦悩-意味。これは何を意味するかというと、

「-意味」を移行したら、絶望+意味=苦悩ということです。

意味がない苦悩が絶望である。


で、苦悩と絶望は違うんだっていうことを、彼はアウシュビッツの経験から言っていて、

私は同じことを18歳の時に考えて、全然違う時代と状況で似たようなことを

考えている人がいるっていうことに出会って、すごく感動しました。


何が幸福か不幸かっていうのを考える、

そのさっきの三つのフィールドの議論の中で、すごく重要な意味を持つのかなと。


苦悩があるから、しんどいから不幸だって簡単に考えるのではなくて、

意味をそこに見いださせれば、それは絶望ではない。

新しい豊かな人生が見つかるかも分からないっていうふうに思っています。


見えない、聞こえない、八方塞がりの状態だからその意味を考える。


HAVE < DO < BE

何を持つかより、何をするか。

何をするかより、どう在りたいか。

僕自身が何かを決める時の優先順位ですが、

福島さんのコトバに直すと「BE=意味」なんだと思います。





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Last updated  Dec 14, 2011 08:53:32 AM コメント(2) | コメントを書く


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トモっち~ず @ 御無沙汰しております。 しばらくブログをサボってましたが、大好…
「梅太郎」 @ Re[1]:伸びる(09/04) 毘沙門Rider!さん ありがとうございます…
毘沙門Rider! @ Re:伸びる(09/04) ご無沙汰してます。 本質を見抜き、何事…
「梅太郎」 @ Re[1]:神様からのプレゼント(03/06) 毘沙門Rider!さん ありがとうございま…
毘沙門Rider! @ Re:神様からのプレゼント(03/06) 今年もお疲れさまでした。 本当に、沢…

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