虚

玩具






   ぬるっ・・・・・・・・・。



   ・・・・・ぬるっ?

   丑三つ時。

   学生寮の自分の部屋。

   妙に厭な感じの音に俺は起こされた。

   その日一日のうちで最も幸福な時間を俺に与えてくれる

   いじましいベッドから顔を上げる。

   誰か知らないがこの俺の貴重な睡眠時間を邪魔する奴は・・・・。

   いや、知っている。

   こんな馬鹿みたいな時間に俺を起こしてくださる馬鹿の典型みたい

   な馬鹿はこの世で一人しかいない。

   どうして俺はこんな奴と同室なんだろう。

   誰か教えてくれ。頼む。

   「・・・・・・・・・・おい。」

   「あれ、起きてたの?」

   てっきり馬鹿みたいに寝てると思ったよ、とこいつは俺の思考を

   読んだかのような言葉を意地悪く吐き、部屋の明かりをつける。

   一瞬その明るさに目を焼かれるが、次に目に入った“赤”に、

   思考はぶっ飛んだ。

   ぬるっ、という音は床に落ちた“赤”をこいつが踏んだぬめった

   音だ。

   「おい、どうしたんだ。その血は。」

   「これ?」

   こいつはべったりと“赤”のついたコートを手でつまみ、笑った。

   「大丈夫。趣味だから。」

   「何が趣味だ。切傷じゃねえか。」

   「痛いのが好きなんだ。」

   「お前が変態だってことはとっくに知ってるさ。」

   「それは重畳。」

   歌うように言ってコートを床に放り投げ、それ以上の言及を

   こいつはさせない。

   けれど俺も引く気は、ない。

   これっぽっちも。

   「昼間の女に刺されたのか?」

   こいつにとっては日常茶飯事だ。

   「そうだよ。」

   あっさりと頷く。

   「お前な、・・・・・・死ぬぞ?」

   「ただの掠り傷だよ。」

   「今じゃなくて、いつか、の話だ。お前の、女への応対は

    ありえないだろ。」

   「声の割りに幼稚な人だね。」

   「どういう意味だよ。」

   「嫌いか愛してるかの二択を迫る幅の狭い人間に、一体どういう

    応対をすれば満足なんだい?」

   あざ笑う言葉の割りにこいつの声は怖いぐらいに優しい。

   「向けられる全ての感情を受け入れていたらきりがないよ。愛され

    れば愛し返さないといけない、とでも?」

   「それにしたってやり方があるだろ?」

   いつか本当に後ろから刺されて死ぬぜ、と返すと、こいつは

   いつもの笑みを浮かべた。




     「その時は別の女が僕を守って死んでくれるよ。」







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