虚

深夜の攻防





    こんな真夜中に、両手がふさがるほどの花を抱いて学生寮に

    帰ってくる男はこいつだけだろう。

    こんな馬鹿みたいな時間に俺を起こしてくださる馬鹿の典型みたい

    な馬鹿はこの世で一人しかいない。

    ・・・・・・・・・というか前にも言ったな、この台詞。

    「馬鹿か、お前は。」

    「何。あまりに僕を愛しすぎたための嫌がらせ?」

    呆れた俺の言葉を歯牙にもかけずこいつは。

    いつものただ、面倒くさそうに人をおちょくる。

    「何だよ、“ソレ”は?」

    「これ?」

    噎せるような花の香りを指先にまでまとわせ、またその指で

    気だるげに前髪をかき上げながら、そいつは笑った。

    「ナマ花。」

    「なまばなって・・・・・お前なあ・・・。」

    「造花は嫌いなんだ。」

    何でもないように言い、

    「ナマ花が急に欲しくて欲しくて堪らなくなるんだよ、特に夜。」

    「・・・・・・・何かあるのか?」

    「何が?」

    「お前は人をおちょくるためならどんな面倒くさいことでも

     しそうだからな。」

    「ふーん?知らなかったよ。それって褒めてる?」

    「ある意味な。」

    「だと思った。」

    「で?その花の選択基準でもは?」

    夜の闇に沈むように香る花は全て白だ。

    それが何ものにも染まりながら何ものにも染まらないこいつの

    スタンスに合っているようにも感じる。

    つまり、根無し草。

    口に出さずとも伝わったのか、奴は目だけで笑う。

    楽しそうに。

    「ああ。白くて香りの強い花がいい。」

    「どうしてだ?」

    ああ、なるほどと思う。

    この条件ではこいつの言う“ナマ花”の意味がわかる。

    妙に納得した俺の顔を見て奴はそうだよ、と台詞を丸投げ。

    やりにくい奴だ。

    口にしてないのに何故分かる?

    こう言えばこう返ってくるだろう。

    『愛しているからだよ。』

    何の気もなしに。

    その悪意と紙一重のものが何だか分からない。

    「腐食する過程がいいからだよ。」

    やめろ。

    邪魔をするな。頼むから。

    けれどこいつは全てを分かった上で、俺の思考を途切れさせる。

    「噎せるように強い香りがいい。」

    全て分かってやっている。

    「柔らかく噛んで、舌で香りをなぞって、しゃぶって。甘苦い蜜を

     啜る、噎せかえるほど。」

    一気に思考がぶっ飛んだ。

    「・・・・・・・なんだって?」

    「ナマ花がいい理由。」

    睦言を紡ぐように言う。

    「・・・・・・・・何で噛む必要があるんだ?」

    突っ込む所を間違えてる。

    相当動揺しているらしい。

    らしい、とか言いながら自分のことだが。

    「・・・・・・・・・ッ!?」

    意外なほどの力で引き寄せられる。

    一瞬、何が起こったのか分からない。

    喰い千切る様に首筋を咬まれる。

    だが、ほんの刹那に奴は離れた。

    何の気も無く、あっさりと。

    そして無関心にこちらを一瞥して言葉を面倒そうに捨てた。

    いつもの笑みなしに。

    こいつが笑みを“作”らないのは珍しい。

    「君が要らないことをぐだぐだ考えてるからだよ。」

    言い終わると奴は手の中の白い花を自分のベッドの上に投げ捨て

    る。

    さすがに眠いな、などと言いながら。

    それは俺の台詞だ。

    そして、シャワーを浴びてくる、と扉へ向かう。

    それから、やっといつもの笑みをこいつは浮かべた。





      「咬んで痕をつけるのが好きなんだよ。腐れ落ちても、

       残るように。」





           それは“花”にか?








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