フリーページ

愛車のページ(愛用バイク2008/10購入)


自作バイクジオラマ


本栖湖ミニ・ツーリング


バイク画像(準備中)


鉄人28号ジオラマ1


鉄人ジオラマ1、完成記念写真


「鉄人28号ジオラマ2」完成画像1


「鉄人28号ジオラマ2」完成画像2


我が憧れの戦艦大和(加工ジオラマ)


「三丁目の夕日」の世界


ティラノサウルスのヘタなイラスト


SF「恐竜境に果てぬ」 序章 第1節 1・2 


SF「恐竜境に果てぬ」 序章第1節 3・4・5


SF「恐竜境に果てぬ」 序章第2節1・2


恐竜境に果てぬ序章第2節3


恐竜境に果てぬ序章第2節4


恐竜境に果てぬ序章第2節5


恐竜境に果てぬ序章第2節6


恐竜境に果てぬ序章第3節その1


恐竜境に果てぬ序章第3節その2


恐竜境に果てぬ序章第3節その3


恐竜境に果てぬ序章第3節その4前編


恐竜境に果てぬ序章第3節その4後編


恐竜ワールドテスト撮影


恐竜ワールドテスト撮影2


逝っちまった恐竜モデルたち


恐竜境に果てぬ・心は『先史時代』にあり


合成の練習『恐竜境』序章クライマックス


『恐竜境』ポスター


恐竜境に果てぬ第1章第1節その1


恐竜境に果てぬ第1章第1節その2


恐竜境に果てぬ第1章第1節その3


恐竜境に果てぬ第1章第2節その1


恐竜境に果てぬ第1章第2節その2


恐竜境に果てぬ第1章第2節その3


恐竜境に果てぬ第1章第3節その1


リンク


2016.03.08
XML
内容がコロコロ変わって頭はまともかよと思われても、既にまともでないと自覚しているからかまわない。
ブログ・テーマは湧くが如しだから、書けない者には怪訝でもあろうが、多芸は無芸という通り、ヘタの横好きなので、書けと言われれば、興味ないジャンルでも書ける。

音楽で私が最も嫌うのは「ロック」だ。ロックを評せよと言われたらこう書く。あれは楽器と怒鳴り声できかせる歌にあらざる歌だ。歌とはある穏やかさと速度と旋律がそろって初めて歌である。ロックの如きは建設現場の騒音と酷似したものだ。

私は30前後の頃、浜田省吾の「メイン・ストリート」を含むLP30cm盤レコードを買ってきいたことがあるが、やはりなじめなかった。これをロックと思い込み、以来30年以上一度もきいていない。
当時、高校の一女生徒の指導をしたが、この時私は浜田の名を出して、ロックはこの程度だと告げたら、「あれがロックねぇ・・・」と明らかに小ばかにされた。この生徒、臆面もなく男と寝た話をするから、こちらから指導を断わった。

こういう女は、生殖器以外、どこも男の如き生き物だから、当時気が短かった私は、殺人犯で逮捕されない限り、生意気なことを言った瞬間、拳法の技でたたっ殺してもいいと思った。
相棒・夕子との交際がかろうじて続いていたある時、筑波サーキットで、バイクの「ハング・オン」走行練習に夢中な彼女に、そんなレーサーまがいの危険なコーナリングをしなくてもいいではないかと問うた。

彼女は、普通に人車一体となってつまり「リーン・ウィズ」程度でサーキットの急カーブを曲がろうとすると、むしろ転倒の危険が増すから、ひざを落として、コーナーの遠心力に抵抗出来るのだと説明し、現に乗って見せられると、バイクの車体そのものは、思ったほど傾いてはいないことがわかった。ただし、コーナーが左から即座に右に変るところでは、バイクは劇的に左右に大きく傾くから、私はあの娘が、かつてエンストして転んだ同一人物かと、驚きを隠せなかった。

デイトナ675でハングオン.jpg

ここまでは前置き話の伏線で、前置き本題は、このあとになる。

突いてみよと顔で告げている。この遊具には二種類あり、いかにも娯楽的に殴打力を段階的に採点する形式の例えば下から「まだまだ」・「効いた」・「かなり効いた」・「TKO」・「KO」などと出るものと、いかにも素っ気ないがパンチの力を重さで表示するものとがある。ただし、いずれも正確な打撃測定機能は施していない。正確な測定は筑波大のスポーツ科学関係の研究設備内に機器がある。

私は一度、中段回し蹴りで針を振り切って、係員にしかられたことがある。正拳突きで少しでも角度がズレルと、思わぬ情けない結果が出る経験があったからだ。私は生意気な女子を思い浮かべたわけではないが、夕子の目の前でむしろ緊張し、半ば冗談に「念力を送ってくれ」と言い放って、気合も発せず、一気に突いた。機械の故障かと思ったが、硬貨を投じて再び三たび突くたびに、針が300kgを前後している。

これは車重200kgのバイクを数十センチの高さから落下させた質量とほぼ同じだ。
拳法の正拳突きの形は、少林寺拳法と同じたて拳から突き出して、標的に当てる瞬間、90度内側にひねって空手と同じ形で突くという変わった型をつかう。
「どお、自信持った ? でもこのオモチャは反撃しないからね」とチクリやられた。

前置きここまで。私の亡き父は、地域トップ・クラスの富士高、父の時代の旧制・富士中から陸軍士官学校に進み、戦後はコロッと態度を変えたマッカーサーにより、警察予備隊から自衛隊に呼称変更した頃、昭和29年に、自衛官になった。爾来、定年まで勤め、今でいう二等陸佐、旧陸軍でいう陸軍歩兵中佐で終わっている。
当時、自衛隊は「税金ドロボー」とさげすまれた。父とはそりの合わなかった私でさえ、当時の世の風潮は不愉快だった。

陸士時代の父補正.jpg
陸士時代の父。

牛島満閣下.jpg
父、卒業時の陸士校長・牛島満(うしじま・みつる)中将。まもなく沖縄防衛戰で第32軍司令官として指揮をとった。のち、沖縄を死守出来なかったと詫びる思いで割腹自決を遂げた。牛島閣下辞世「矢弾(やだま)尽き 天地(あめつち)染めて散るとても魂(たま)還り 魂還りつつ皇国守らん」

陸士授業など風景.jpg
陸士授業風景など。

陸士室内談笑風景.jpg
陸士室内に於ける生徒たちの様子。父曰く、海兵などよりずっと、自由な気風だった。陸軍悪玉イメージは戦後ねつ造されたもので、NHK・朝日新聞・岩波書店ほかのマスコミがやっている。

自衛官も幹部クラスになると、知性と体力とを備えているから、若者の一時入隊のように、満期除隊で終わるのとはわけがちがう。
まして、父はその昔、競争率50倍の難関をこなして陸士に合格した者である。第57期だから内地軍務で終戦を迎えたが、同じ陸士でも航空隊に進んだ仲間の何人かは戦闘機などに乗って空に散っている。

自衛官時代の父.jpg

東宝特撮映画に登場の自衛隊員のうち、昭和30年代のスクリーンを飾ったのは、父のような旧軍人がおもだった。父が自衛官になった頃、防衛大学校は発足したばかりで、卒業生は一人もいなかった。
東宝自衛隊はもちろん俳優もいるが昭和年間に限って、旧軍人そのものだったと言える。

もし私に屈強な体力があったら、当時の防衛大学校なら現役合格の自信があったから、ひ弱な己れの肉体を無念に思う。

反日左翼どもは間違っても体験入隊さえせぬだろうが、諸君の甘ったれた根性では、訓練には耐えられぬよ。
私は反日左翼どものカレッジ・フォークをさんざんきかされ、それくらいしかないから、何んとなくギターでコード進行しながら歌ったこともあるが、根本で「反戦歌」を嫌悪・憎悪していた。戦争は全世界からなくならないと定義している。これを山本夏彦氏の言葉を借りて「戦争あるべし自然なら」という。

言葉のわからない向きのために断わっておくが、「戦争あるべし」は「戦争するべきだ」との意味ではない。人類ある限り、戦争・紛争は必ず起こると言っているのだ。戦争を極端にスケール・ダウンしたものがケンカだ。本当に殴り合い、蹴り合い、取っ組み合いをせずとも、口論もケンカである。
世にケンカせぬものはない。ゆえに国家間も戦うのだ。理屈は至極簡単だ。



F-15イーグル.jpg

前置きが長くなったから、いい加減にして、山本コラムを抜き書きする。


「積年のうらみおぼえたか」

自衛隊について私は知ることが少ない。わずかに次のことくらいである。
「犬にも言わせてくれ」、あるいは「税金ドロボーにも言わせてくれ」と自衛隊員が書いた手記を読んだ記憶がある。制服着た隊員が映画館へはいって坐ろうとすると、つと席を立つ者がある。見ると同じ年ごろの大学生で立ち去りぎわに耳もとで「税金ドロボー」と言ったという。同じころ国立大学では隊員の子の転入学を許すなとこれは県民が騒いだ。当時の新聞は学生や県民を強くたしなめないで、むしろ応援する調子があった。

いずれも昔のことで今は違う。自衛隊はあったほうがいいと、アンケートするごとに答えるものがふえている。自衛隊は苦労した甲斐あって、国民に認められたのは天災地変のときタダでかけつけてくれるからではないか。
いまだに自衛隊の存在は暗い。憲法違反だというものがある。いっぽうでは自衛隊は世界一流の軍隊だというものがある。

けれども一旦緩急あったらその自衛隊は国民のために戦ってくれるか、死んでくれるかと問うものがあったら私は笑わずにはいられない。これほど辱められた隊員が、その辱めた国民のために死ぬだろうか。
税金ドロボーと言った学生にたいした悪意はない。当時の新聞(註 / 恐らく朝日新聞)の論調をおうむ返しに言ったにすぎない。それも暗がりだから言ったので、明るみでは言わなかったに違いない。今では言ったほうは忘れているだろうが、言われたほうは忘れていないだろう。

私は武装した一大集団を、二十年三十年凌辱するのは危険だと思うものである。よしんば装備が一流でも国民の支持のない軍隊は軍隊ではない。どこが攻めてきてもひと月はおろか一週間と持ちこたえられない。一朝有事の際守ってくれるだろうと思うのは虫がいいというより想像力の欠如である。

軍人が制服を着て外出するのをはばかった時代がある。大正年間の軍縮時代で、当時の少壮軍人は外出するときは平服に着かえてひと目をしのんだという。そのときの怨みを軍人は忘れることができないで、昭和になってはらした。蔵相高橋是清(これきよ)は軍事予算を削ったために殺された。

故あって削ったのに殺されたのだから、故なくして凌辱した結果は推して知るべしである。
新首相中曽根康弘氏は軍備を充実するつもりだろうが、今のまま充実してもそれは充実にならない。
俗に仏つくって魂いれずという。だから魂をいれようとするだろう。魂をいれたらどうなるか、歴史は繰返すいや繰返さないというが、このままでは繰返しはしまいか。
自衛隊について私は知ること少いからすこしく調べて追って述べたい。


以上、抜き書き。

私見を述べておく。私は東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)で、大津波の被害を受けた人々がおおぜい出た時の、石原慎太郎氏の「天罰」発言を支持した一人だ。
どうせ助かりっこない、捜索にあたる自衛隊員が可哀想だから、これもさだめと放っておけばいいと思った。現に腐敗した死体を片づけた隊員の多くがPTSDにかかって、自衛隊員でいられなくなったと聞いて、赤の他人の絶望的捜索なぞするなと思った。

災害派遣報道で、NHKは、「地元の消防・警察などの必死の捜索作業・・・」と報道するのを聞いて腹が立ち、その頃からNHKは全く見なくなった。
朝日新聞に至っては、父が絶対とらぬと言って、我が家は地元紙の静岡新聞をおもに長く購読した。
のちにNHKは「消防・警察・自衛隊などの捜索活動・・・」と言うようにはなったが、自衛隊は最後のつけたしだ。

渋谷のNHK放送センター内には、CCTV、すなわち、中国中央電視台が入っている。NHKは共産主義独裁の支那政府におもねって、我が国を危うくすることに血道を上げて、職員の平均年収1780万円だ。

その昔、「国民歌謡の夕べ」と題して、ラジオから「海ゆかば」を流したのはほかでもないNHKだ。時の政府命令でなく、自らすすんで放送したのだ。
戦後、NHKは進駐軍の手先となって、旧軍の悪口をさかんに放送したが、今は支那の手先となって、相変わらず我が国を貶めんとしている。
石坂浩二のナレーションで、シルクロードを絶賛する番組をばんたび放映したが、今、シルクロードは支那政府の再三の核実験で、荒れ果てている。

その汚染のほどは、福島原発の比ではないが、勇気と金とヒマがあると思う人は行ってみるがいい。結果は知らぬが、出かけてつぶさに報道した衛星チャンネルの女性レポーターが、現実をビデオで紹介しながら見せたから、私はその惨状を垣間見ている。

それでもNHKのねつ造番組を好んで見る人は勝手に見るがいい。
私は自衛隊がひそかにクーデターを起こす計画を最高機密として進めていることを願っている。
既に今上(きんじょう)陛下に、かつての統帥権はないし、大元帥陛下でもないから、陸海空全自衛隊が、ある日一斉蜂起して、まずNHKを占拠し、同時に警視庁をたたくことを望んでいる。

アメリカが待ったをかけたら、巧みに交渉をすればいい。アメリカが最も恐れているのが、我が日本である。そして、日本は世界一、戦いを嫌う国家である。
だが平和のぬるま湯に一世紀近くつかって来た日本人は、これくらい思いきったことをしないと目が覚めない。

マッカーサーは、進駐まもなく、今後少なくとも百年は日本を骨抜きにしてみせると予言して、それは当たりつつある。
災害派遣もほどにするがよい。津波に襲われた者共は、苦しむこと少なく絶命出来て、むしろ幸いである。それは我が父が風呂で溺死するまでの約90秒の苦痛と大差ない。


陸軍士官学校.jpg
陸軍士官学校記念本





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2016.03.08 22:32:52
コメント(0) | コメントを書く


■コメント

お名前
タイトル
メッセージ

利用規約 に同意してコメントを
※コメントに関するよくある質問は、 こちら をご確認ください。


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

キーワードサーチ

▼キーワード検索


© Rakuten Group, Inc.
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: