祝祭男の恋人
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「田舎に三つか四つの家族が集まれば、それでもう小説にはもってこいの材料」というのは原作者ジェーン・オースティンの言葉である。 何かの雑誌の片隅に、キーラ・ナイトレイの姿を発見して以来、事前準備として原作『高慢と偏見』を読み始めたが、結局読み終わる前に映画が封切られ、映画を見た後になっては、本は読み差しのまま捨てられた。 ヒロイン、エリザベスを演じたのは、ポスト・ウィノナ・ライダーと目されるキーラ・ナイトレイということだが、祝祭男はむしろナタリー・ポートマンを重ねながら見た。去年『クローサー』に撃たれたことの余病だろう。 原作こそ読み切っていないが、恐らく映画はそれをかなり忠実に要約しているようで、恋の行く手を邪魔するイライラ、ハラハラ、モダモダは存分に楽しめる。常に現在進行形ですべてが描かれ、余計な感傷、回想が織り込まれないところに鮮やかさがある。 だが、プライドと偏見という主題と構図からはみ出してくるものこそが、この映画の良さだと私は感じた。 ドナルド・サザーランド扮する、ヒロインの父である。 原作を辿りながら彼の心中を察するという手間を掛けていないので、正確なことは言えないが、原作のほとんど冒頭近くに、父、ベネット氏が、五人姉妹の次女、エリザベスに特に深い愛着を持っていることがほのめかされる。このことが、間の恋愛劇をすっ飛ばして、最後に彼が滲ませる涙と微笑みに直結するのである。そしてそのことよりも、三女だか四女のリディアが軽薄でよこしまな男と駆け落ちする場面では、娘の身持ちの悪さや向こう見ずな若さと通俗を、彼はすべて無責任に放りだしてしまうのだ。日頃は飄々と妻をいなす彼であるのに、娘の頭の中身は、心の動きは理解の範囲を超えているものなのか。彼はエリザベスだけが、自分に近しい知性的な部分、心の傾向をもっていると感じているようにさえ見える。もちろん他の娘を思う気持ちに違いはなかろうが、そこに父としての無力さが一瞬かいま見える。そこにあるのも父としての『プライドと偏見』でもあるのか。 『普通の人々』という映画を思い出すのだ。 ロバート・レッドフォードが初監督にしてアカデミー賞に輝いた名品のなかに登場する父親役、ドナルド・サザーランドは、結末のシーンで息子と二人で夜明けの玄関先に佇んでいる。あのとき、彼の流した涙が、今でもふっと甦ってきて私の胸を撃つ。「父と子」という主題を思い出させる。それを描くためには、確かに「田舎に三つか四つの家族が集まれば」それで充分と言えるのだろう。
Jan 18, 2006
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