祝祭男の恋人

祝祭男の恋人

Apr 12, 2005
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カテゴリ: 小説をめぐる冒険
東京

 ぼくは、まだ二十歳だった。下宿までの繁華街に軒を連ねる風俗店の前に立つ黒い服を着た中年男が客から入場料として二千円を巻き上げ、どうにかこうにか昼飯には全国チェーンの牛丼にありつくことでぶら下がっている生活よりは、ずっと楽に暮らせる二十歳の大学生だ。もちろん十分すぎるほどの仕送りを受けているのだった。ぼくはその金で飯を食い、暖かく表のつるつるしたコートを買いもしたけれど、一度も感謝の念を抱いたことなどなかった。下宿は父親と、大学からさほど離れていない界隈を一緒に歩きながら探した。まだ、妹も×××せず、父親が☆☆☆だった頃、ぼくには眩しすぎる日の光に目を細めたときのきらきらした睫毛のような希望があった気がするし、月に一度妹のキョウコが手紙をくれた頃には愛情というものを知っていた気がする。しかし、その何もかもが口汚くけなされるようなものにすり替わってしまった今、ぼくには何もない。

 扉の外でたっぷりと雨水の溜まったポリバケツをどぷんと蹴飛ばす音が聞こえ、新聞の受け口から誰かが部屋を覗いている気配を感じた。
「シゲルくうん」変声期でもないのに妙に耳障りな声のままフジオは大人になってしまったのだ。「開けろよお」とフジオは脳味噌が腐った子供のように扉を蹴り上げる。ただでさえ機嫌の悪い潔癖症の管理人が通りかかったら一体どうなるだろう。
「じっとしてろ」とぼくは怒鳴り、鍵を開けて扉を押すと、急にしゃんと気を付けをしたフジオが何でもないような顔をしながら「おっすシゲルくん淫行してたのかね」と明るく言った。フジオはさっき抜き取った朝刊をぼくに放り投げると、不機嫌そうな顔のぼくを押し退け部屋に上がり込む。部屋は窓を閉め切っているのに恐ろしく寒く、「きったねえ部屋だなあ」と散乱している新聞を更に足で散らかすと、フジオは勢い良く窓を開けた。ぼくは朝刊の折り込み広告がばさばさと床に落ちるのを踏み付けながら三面記事を睨み付けていた。何よりも先に死亡記事を探すぼくの癖を知っているフジオは「悪趣味だなあ」と鼻先でぼくを笑い「それにしてもひでえ眺めだ」と風俗店の裏窓がひしめくどす黒い町に目を細めた。この東京という場所では一晩のうちに何兆という精子たちが射出され、何千という子が産まれ、何千という子が堕され、何百という人間が血を流しては死に、何十という人間同士が殺し、狂う。それはぼくの生まれた町でも同じだが、ここでは、十歩も歩かないうちにその現場に遭遇するに違いなかった。けれどもぼくはそう信じてはいないのだった。三面記事にぼくは何かを探していた。選ばれた被害者たちの共通点のようなもの。

「大凶だよ」とぼくは言った。何を言っているのか解からないというようにぽかんとした顔のフジオに「おまえはおれより二つ年上だから蛇年だろ、蛇年は今日は大凶って占いが出てるんだよ。おまえが毎日押しかけてくるからおれも大凶なんだ。おれたち二人そろってここのところずっと大凶なんだよ」とぼくは言った。「どおりで」とフジオは肩をそびやかし、窓からゆっくりと唾をたらした後、「アルバイトしてみないか」と鼻水をすすり上げながら言った。まっぴらだ。この男にぼくを悪趣味だとなじる資格はない。
「どうせまた不幸な人を騙して金を巻き上げるんだろ。悪人がよく使う手さ」ぼくは半分うんざりしながら新聞に夢中なふりをした。「馬鹿だなおまえは」とフジオは言い、唇に力を込めすぎたのか「ばあなまっ」としかぼくには聞こえなかった。どっちが馬鹿だ。「いいかおまえ見てみろよ」とフジオは汚らしい靴下でぼくのベッドの上に立ち窓を全開にした。水気を含んだ冷たい空気と得たいの知れない不純物が混ざり合った風が吹き込んでくる。澱んだ空の下で風俗店の二階の窓から物干しの肌着を取ろうと頭に無数のカーラーを巻き付けた外国人の女が手を伸ばしているのが見える。突然「グッドモーニング」とフジオは大声で怒鳴った。不意に自分めがけて飛んできた奇声に女はびくりとし、素早く肌着をひったくると小さく会釈するようにして窓を閉めた。フジオはぼくを振り返り、父親が息子を諭すように「これが日本の下層社会さ」と言い、「実にまっとうじゃないか」と余裕たっぷりでぼくを見る。さっきの話とどう繋がっているのか全然解かりゃあしない。
「要するにおまえの言うまっとうってのは、外国の小娘が二束三文で叩き売られてさ、父親の解からんガキが眼帯したままハイハイしてるってことなんだろうが、あ」と力みながらぼくが言うと、一体どういうつもりなのか、「つまりそうさ」とフジオはぐずっと鼻を鳴らして笑った。





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Last updated  Apr 12, 2005 01:44:50 PM コメントを書く
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