祝祭男の恋人

祝祭男の恋人

May 13, 2005
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カテゴリ: 小説をめぐる冒険



 去年の秋――その朝、僕は劇場通りで起きた交通事故を見に出掛けた。街の中では毎日どこかで、必ずと言っていいくらい、小さなもめ事が起きていた。細かくて断片的で、それはとりとめがなさ過ぎて、新聞の記事にも世間話にも顔を出さずに消えていくようなものがほとんどだった。ただ、街のどこかしらに立っていれば、ひっきりなしに出来事が瞳の中を通り過ぎていく。街とはそういう場所であった。今更交通事故など珍しくない。池袋に越してきた初日に暴力団の発砲事件に出くわしたこともあったし、すぐ近くのアパートで殺人事件だって起きた。でも、その日の事故は、僕だけでなく、我々にとってちょっと特別なものだった。僕はわざわざ部屋を出て、駅前広場を挟んで劇場と隣接する交差点まで走っていった。毎週日曜日の朝に、街巡りの番組を放送している取材カメラが、放送中に偶然事故の現場に遭遇したのだ。リポーターは実際に事故に巻き込まれ、カメラはその映像をリアルタイムで平板なブラウン管に配信していた。僕はそれをテレビで見ていた。同行していたリポーターが古い友人だったせいもあって、僕は毎週日曜日の朝、欠かさずにその番組を見るようにしていたのだ。

 空の低い場所から、不意に大きな綿雪が舞い落ちてきたとでもいうように、21インチに切り取られた交差点は白い羽毛で一杯になった。横転したトラックのコンテナから、夥しい数の真っ白な鳩が羽をばたつかせて舞い上がっていた。一瞬何が起きたのか判らなかった。

 リポーターは交差点の信号を渡り、劇場脇の広場へ向かって歩いていた。カメラは向かいの歩道から彼の姿を捉えていた。秋の初めのある日、広場のゴミ箱に手作り爆弾が仕掛けられて爆発するという事件があった。彼はその経緯を手短に語りながら信号を渡り、広場の入り口で振り返ったところだった。彼の肩越しには円形の広場が見え、聖書の中の聖人たちが天使のように宙に浮かんでいるオブジェが噴水の脇に立っていた。ケヤキやサクラが枯葉を少しずつ落としていく中で、イチョウの葉がひときわ美しく、秋の朝日を受けて輝いていた。円筒形の銀色のベンチに囲まれた池袋の西口広場では日曜朝市の設営をする人々が、緩慢な動作でテントを建てていて、広場の奧の喫茶店が建ち並ぶ駅前通もまだ、店を開ける前の静けさの中に眠っていた。いつもと変わらぬ日曜日の朝だ。前日には僕の眠っている間に雨が降ったのかも知れない。所々に夜露が濡らした暗い紋様が裸の樹木に残り、隈取り濃く、紅葉した落ち葉がこれもまた朝日の下で眠っていた。肌理の粗いもやもやとした雲が、今にも立ち上がろうとする巨人のような姿勢で太陽を向いていた。朝日はまだずっと遠く、街の外で輝いていた。

 車通りの少ない朝の交差点を猛スピードで滑り込んできたトラックは、初め片輪を浮かせて曲芸のようにカーブし、中央分離帯で一回弾みをつけ、広場の入り口でなぎ倒された巨象さながらアスファルトに擦れる悲鳴を上げつつ横転し、歩道に乗り上げ、ガードレールをへし曲げて街灯の支柱を叩き折り、そこに立っていた犬瀬をはね飛ばした。犬瀬の体は意志のない人形のようにぽうんと宙に浮き、すごくゆっくりとした弧を描いて電話ボックスのガラスをぶち破って着地した。「ああ!」と叫ぶカメラマンの声が聞こえ、テレビの画面が交差点を駆けていくカメラマンの荒い息遣いと一緒に揺れた。扉の開いたトラックのコンテナから真っ白な鳩が飛び上がり、ホバリングして着地した。鳩は何匹もいた。どれも美しい白い羽をまとった力強い鳩だった。僕は驚きのあまり、しばらく鳩に気を取られるにまかせていた。そして我に返り、部屋を飛び出し、劇場通りまで走り出した。走って行けば十分も掛からない距離だった。近所の商店街を抜け、駅へと続く目抜き通りへでた。枯葉だけになったハナミズキの並木に沿って風を受けて走ると、朝の冷たい空気に顔がピリピリとした。こんな風にして走るのは何年振りだろうと僕は思った。青白く日陰になっているビルの隙間を抜け、大学通りに入り、信号を避けて落ち葉の降り積もったテニスコートの脇を走った。最後の信号の前まで来ると左手に劇場通りの交差点が見えた。二台の救急車が僕の横を通り過ぎていった。何台もの車が迂回路を探して歩道に乗り上げ、のろのろとバックを繰り返していた。交差点の向こう側からパトカーと事故処理車が入ってきて広場の入り口に止まった。数人の警察官が、増え始めた通行人と野次馬を掻き分けて救急車の道を開けた。

                        つづく





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Last updated  May 13, 2005 01:31:56 AM コメントを書く
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