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玲子28~蒼い時 1~


そして司が亡くなった今も、私達はつながっている。

司も私も友達はなく、学校が嫌で仕方がなかった。親のことでいじめられたりもした。
先生でさえ、白い目で見ているような気がした。
司は辛いことがあった日は、決まって学校帰りに近くの河原に寄り道をした。
夕飯の時間になっても帰ってこない時、私はその河原に迎えに行く。
河べりに座って、ただじっと河の流れを見つめている司を、私はしばらく遠くから
見守った後、近寄って隣に座る。私たちは肩を寄せ合って、まるで恋人同士のように
黙って寄り添った。言葉はなくても分かり合えた。

司は勘の鋭い子だった。母親がいなくなった日に「お母さんは?」と一度だけ聞いたきり、
一切問いかけることをしなかった。
「お母さんは旅行に出掛けたよ。そのうちに帰ってくるよ」という父の答えに、
司は幼いながらに「もう母は戻らない」という真実を察したようだった。
そして司は慎ましやかに生きていた。
なにも欲しがらず、なにもねだらず、我儘を言わず、存在を主張せず、ひっそりと生きていた。
父に対しても「面倒を見てもらっている」と、気を遣っているようだった。
「親が悪いのであって本人は悪くないのだから、もっと堂々としたらどうなんだ。
本人のがんばり次第で、人生なんとでもなる」と言うまわりの大人もいた。
そうはいっても世間の評価はそんなに生易しくはない。本人達は分かっていた。
それは単なる理想論だと。
それでも卑屈になったりせず、司は純粋に成長した。
きっと私の存在があったからだと思う。自分を判ってくれる、理解してくれる人間が
1人でもそばにいれば、人は卑屈になったりしないものだ。

そして私も司によって救われていた。
私の司に対する想いは、年頃になり「恋」に変わっていった。
7つも年下の相手を本気で好きになるなんて、きっとまわりは信じられないだろう。
ましてやずっと弟として接してきたのだ。誰にも言えなかった。
司本人にも、怖くて伝えることはできなかった。

司も同じ想いでいると知ったのは、司が中学に入った頃だった。
おもちゃをねだることもなかった司の唯一の遊びは「絵を描くこと」だった。
紙とエンピツさえあればすぐに没頭できる「お絵かき」は、幼い頃からの司の愉しみだった。
いつも持ち歩いては、いろいろなものを即興で描いた。
しだいに司の絵は、目を見張るようにうまくなっていった。
中学生になった司は身体つきも男らしくなり、なんとなく今までとは違い、
近寄りがたく感じられた。司も私に対して、よそよそしい態度になった。
ある日、司がいない時に司の部屋を掃除していた私は、デッサンブックに何十枚とある
私の似顔絵を見つけてしまった。
それはすべて司の手によって描かれたもので、微笑んでいる私、寂しそうな私、
寝っている私・・・様々な私が描かれていた。
中には想像で描いただろう裸の私もあった。
私にとってそれらはすべて、司からのラブレターのように感じられた。
時には情熱的に、時には切なく、司の感情のほとばしりによって描かれたそれらの絵。
裸の私の絵を胸に抱きしめて、私は心から司に「抱かれたい」と願った。


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