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玲子33～「妻」という名の女　１～

偶然にも事務所を出ようとしたドアのところで鉢合わせた。
ほっそりとして、目に力がない、虚弱そうな女が立っていた。
真っ白な日傘を持ち、大きめの茶封筒を抱えていた。
「なにか御用でしょうか？」私が声をかけると
「瀬川はおりますでしょうか？家内です」と、か細い声で答えた。
心臓が踊った。
この女が、慎司の奥さん。
私は努めて平静を装った。にこやかに応対する。
「瀬川さんでしたら、本日大阪にご出張ですが」
「あら、やだ・・・そうなんですか。私、なにも聞かされてなくて・・・。恥ずかしいわ」
そう言って女はうつむいた。
「これ、今朝主人が玄関に忘れていったみたいなんです。
書類だったから、大事なものかと思って。近くまで来る用事があったので、
連絡もせずに届けに来たんです」
「それはわざわざありがとうございました。私、瀬川さんの隣の席の者ですので、
お預かりいたします」
私がそう言うと、女の目の色が確かに変化した。疑いの目だ。
「あなたが、久賀さん？」じっと私の目を食い入るように見つめる。
さすがの私もたじろぎそうになったが、そうはいかない。
「そうですが、何か？」
「少しだけお話したいことがあるんです。ちょっとだけでいいの。だめかしら」
私は唾を飲み込んだ。
私と慎司の関係が、ばれたのだろうか。
「上司に相談しませんと、勝手に席を空けられません。」
「もうすぐお昼休みですよね。申し訳ないけど、時間をとってもらえないかしら。
隣のビルの地下の「シャンテ」というカフェで待っています。お願い」
か細い声ながらも、うむを言わさない押しの強さがあった。
もしかしたら、出張なのを知っていて、私に会うために来たのかもしれない。
「判りました。では３０分後に伺います。」

それから私は仕事がろくに手につかなかった。
慎司に連絡すべきだろうか。会話を誰かに聞かれてもまずい。
考えあぐねているうちに、約束の時間になった。
とにかく話をしてみるしかない。なんとしてもシラを切り通さなくては。

「シャンテ」の奥のソファに腰掛けて、女は待っていた。
そこだけ暗雲が漂うような、重苦しい雰囲気。
逃げるわけにはいかない。逃げたら、肯定したことになってしまう。
私は、意を決して席に着いた。

「ご用件は何でしょうか。すみませんが時間がありませんので、手短にお願いします」
「ええ。じゃあ、まわりくどい言い方は無しにして、率直に言うわね。
うちに電話をしてくるのは、やめていただきたいの。」
「え？」
「あなたなんでしょ？金曜日に決まってうちに無言電話をしてくるのは。
うちの人の携帯に連絡つかないの？うちの人なら金曜日にはおりません。
あなたとうちの人のことなら前から知ってるし、どうせうちの人にとっては
遊びのつもりでしょうから、とやかく言うつもりはないわ。
まあ、あなた以外にもそういう相手がいるってこと。
だけど、そういうごたごたを家庭に持ち込むのはルール違反なんじゃない？
文句があるなら本人に言ってちょうだい」
女は、一気にまくし立てた。「うちの人」と、やけに強調して言う。
「あの、すみません。私じゃないです。私は瀬川さんとお仕事以外に何の関係もないですし
瀬川さんのご自宅にお電話などしていません。」
「あなたよね、うちの人の隣の席の久賀さんって。私は以前ここの会社に勤めていたから
あちこちの部署に知り合いがいるの。だからなにかと耳に入るのよ。
あなたが今度うちの人の強い後押しがあって、派遣から正社員に登用されるって聞いたわ。
そんなことなかなかある話じゃないし、結構な噂になってるわよ。
女を使って仕事採るなんて、相当な人ね。」
女は、軽蔑のまなざしを向けてよこした。
そんな話は初耳だった。

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