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玲子37~『Bar D』にて 2~


入社してすぐに社内で慎司を見かけ、ずっと好きだったこと。
慎司から声をかけられて、初めてデートをした日のこと。
付き合い始めてから分かった、慎司の女癖の悪さ。
そしてそれは、結婚してからもずっと続いていること。
それが自分を悩ませ、苦しませていること。
アタシは尚子の話に、あたかも同情するかのように相槌を打ちながら、聞き役に徹していた。
尚子は酔い始めたらしく、ますます事細かに語りだした。
まるで、昔からの女友達に悩みを打ち明けるかのように。

「主人から『お前といると息苦しい』と言われた時は、本当に辛かったわ。
このままじゃやっていけないって。
だから話し合って金曜日に彼を解放することにしたの。
その日はどんなに帰りが遅くても、家に帰らなくても、詮索しない、連絡を入れないって。
でも、結局は言いくるめられたという感じ。私は今だって納得してるわけじゃないの」
「そのことを瀬川さん・・・ご主人に話したらどうなのかしら。尚子さんの本心を伝えるべきよ。
本当は納得していないってこと。悩んでいるんだってこと。」
「だめよ。だめなの・・・」尚子は首を何度も振った。
「どうして?」
「『いやなら別れるしかない』って、そう言われるわ。」
「別れたくないのね、どうしても。そんなに辛いのに?
あなたを裏切っていることは事実なんでしょう?そんな男でも、別れたくないっていうの?」
「憎いわよ、主人のこと。すごく憎い。でも、だめなの。別れられないの」
アタシは、尚子の次の言葉を待った。
「憎いけど、恨んでいるけど・・・愛してるの。他にいないの。」
「あなたを裏切っているのに?ずっと裏切り続けているのに?
たぶん・・・これからも。それでも?」
「そうよ!」
言い放って、尚子は突っ伏した。肩が震えている。泣いているのだろう、と思った。
悪いけど、同情はできない。
そんな男に惚れているのは、アンタなんだから。苦しんだって仕方ないわね。
なんて、馬鹿な女なのかしら。
アタシは冷たい視線を、カウンターの上の尚子の頭に落とした。

『憎いけれども、愛している』
相反する感情のはずなのに。

『憎いから、愛する』のか。
『愛しているから、憎い』のか。
アタシには、わからない。

愛するなんて、どうでもいいこと。そう思った。

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