non title

non title

玲子48~傷跡~


見舞いにも来ない娘と、自分を捨てて行方知れずの元妻。
どんな思いで、見つめていたのだろう。
こんなふうに幸せを絵に描いたような時もあったのに、人生なんて判らないものだ。
男との情事の最中に、父は逝った。
私に似つかわしい、と思った。
父の最期を見届けずに済んで、内心ほっとしているのも事実だ。
でももし見届けていたら、私の胸中によぎるものはなんだったのか。
知りたかった気もするし、知らずにいられたことはよかったのかもしれない、とも思った。
ただ・・・
ただ、私は、もう父を憎むことができないのだ。
憎んで、恨んで、軽蔑して、疎ましく感じて。
そういう感情の対象を、私は失ってしまった。
それが、それだけが、
今、私を悲しませていた。苦しめていた。
それらは愛することができない私にとって、唯一の人間らしい感情のような気がした。
もしかしたら、それら負の感情は、私にとって愛することに等しいのか。
わからない。でも、こんなに苦しい、そして、辛い。
耐え切れなくなって、私は慎司の番号をダイヤルする。
こちらから、それも土曜日に慎司に連絡することなど、ご法度だった。
でももう、そんなことを気にかけられないほど、私は追い詰められていた。
今すぐ慎司にここへ来て欲しい。抱いてほしい。
それが叶えられないなら、もういらないとさえ思った。
長い間コール音が鳴った後、慎司が出た。
「はい。」
「私」
「はい。なにか」慎司の声は冷たく耳に響いた。あくまでも冷静だ。
「いますぐ来て」
「・・・」
「ねえ、今すぐ来てよ、お願い」
「急用ですか?」
「そうよ」
「わかりました。すぐ行きます」
慎司はそう言って、電話を切った。

30分程してチャイムが鳴った。慎司に違いなかった。
車を飛ばして慎司は来てくれたのだ。
ドアを開けると、慎司は黙ったまま部屋に入ってきた。
私はおもむろに慎司に抱きつき、無理やりくちづけて言った。
「すぐに抱いてよ。早くして」
「お父さんが亡くなったんだろ」
「どうでもいいのよ、そんなこと。早く脱ぎなさいよ」
私は慎司のGパンのベルトに手をかける。
慎司は私の手を払いのけた。
「待てよ、落ち着け」
「うるさいわね、さっさとして。いますぐにして!」
私は、慎司のシャツのボタンを引きちぎらんばかりに外そうと、引っ張った。
「やめろよ。そういう気分じゃない」
「そういう気分じゃない?笑わせないでよ。あんただっていつもこうやって
あたしを求めて抱いてきたんじゃない。そんなこと言う資格、あんたにはないのよ。
あんたは黙ってあたしを抱けばいいの!さっさとイカせなさいよ!!」
慎司は無言で私を睨みつけた。私も慎司を睨みつけていた。
私はどうにも止まらなかった。
行き場のない憎しみと、怒りと、軽蔑の感情を一気に慎司にぶつけていた。
「どういう気か知らないが、人の迷惑も考えず突然電話してきたかと思えば、すぐに抱けだと?
ふざけるな!」
「ふざけてなんかないわよ!あんたはのべつ幕なしに女を抱ける男よ。
今更かっこつけないでよ。」
「わかった。そんなにイキたいならヤッてやるよ。脱げ」慎司は吐き捨てるように言った。
慎司に言われて、私は服を脱ぎ始めた。
脱いでいる間に、涙が溢れてくる。自分で自分がわからなくなっていた。
泣いている私を見ても、慎司は眉ひとつ動かさなかった。
突然慎司はポケットから錠剤の薬を取り出して、テーブルに放り投げた。
「飲めよ。これでいつもよりよくなるぜ。ぶっ飛ぶほど、気持ちよくなれる」
慎司は冷酷な顔で、全裸の私に命令する。
「合法モンだから安心しろよ。イキまくりたいんだろ?ほら!」
慎司はテーブルから薬を拾うと、パチッと割って私に渡した。


© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: