non title

SENPAI　17

男とドライブの約束をしていた私は、身支度を整えて
待ち合わせの場所まで歩いていった。
男の車を待っている間、何度も引き返したくなった。気分はかなり後ろ向きだった。
これから都内のレストランバーで食事をすることになっている。
そのあと、どうするのだろう。
男とは、先週合コンで出会ったばかりだ。
大手アパレルメーカーの広報を担当していると言って、名刺を差し出してきた。
男の押しの強さに負けて、今夜会う約束を交わした。
（やっぱり、帰ろうか）そう思った時、白のＢＭＷが目の前でとまった。
「ごめんね、待った？」男は、降りてきて助手席のドアを開ける。
慣れているのか、動作は機敏だった。
「さ、乗って」
私は気がのらないまま、それを悟られないように笑顔を作ると、助手席に滑り込んだ。
運転しながら、男は右手で私の手を握ってくる。
「今日までの１週間、とても長く感じたよ・・・」
そう言って、握る手の力を強める。顔はフロントガラスに向けたままだ。
感情が入っていない・・・でも、そんなことは私にとってどうでもよかった。
この人は、合コンで知り合った女子大生を口説き落すなど、
赤子の手をひねるようなものだと思っているだろう。
私は黙って前を向いていた。

男が予約していた駒沢の店に着いた。
「店の中にプールがあるんだよ」私の手をひき、男は店内に案内する。
席はちょうどプールを見下ろす2階のテラスだった。
ブルーのライトに照らされた水面がゆらゆらと揺らめいていた。
（きれい・・・）そう思ったけど、感情がついてこない。
ワインで乾杯した後、食事をした。
男は立ち上げたブランドのＣＭに売り出し中のモデルを起用したいきさつや、
社販の価格で服を買えるようにしてあげるから、などと得意げに話をした。
私はその間中、ただニコニコと作り笑いで男の話に興味があるふりをしているだけだった。
その後、男と私は再び車に乗り込んだ。
男の手が、私の髪を撫でる。「ハイアットのバーに行こうか」

新宿副都心が見えてくる。ライトアップされた高層ビル群が迫ってくる。
「今夜は朝までいいのかな・・・」男は探るようにつぶやく。
何も答えず、私は考えていた。
サイドミラーに映る、オレンジのコンシャスなワンピースを着て、
派手なピンクの口紅を塗った私は、どこから見ても「軽い女」だ。
心から笑えない。つまらない。そしてなんだか、とてもむなしい。
先輩との「先」が見えない不安。好きになりすぎて、押しつぶされそうな気持ち。
そこから逃げたくて、こうしている。だけど、この人との「未来」があるわけじゃない。
胸の奥が音を立てて鳴くような、せつない愛しさがこみ上げてくることもない。
ただ、退屈なだけ。そんなこと、はじめからわかっていたのに。

帰ろう、とだけ思った。
先輩に、帰りたい。

信号で停車したのを見計らって、ドアを開けて車から飛び降りた。
驚いたように私を呼ぶ男の声。私は他の車の間を縫うようにして歩道に渡り、
そこから走って地下街の通路へと逃げ込んだ。
私は一度も振り返らなかった。

「離れていたら、終わっちゃうよ」
カナコの声が、耳に残っていた。

ジャンル別一覧