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オーチャードホール 15:00〜 3階正面 シューベルト:交響曲第7番 ロ短調 D759 「未完成」 ブルックナー:交響曲第7番 ホ長調 (ノヴァーク版) 東京フィルハーモニー交響楽団 指揮:チョン・ミュンフン 東フィルのシーズンはカレンダーイヤーベースなので、1月はシーズン幕開けになります。まぁ、4月始まりよりはいいかな...... シーズン初めはチョン・ミュンフン。本当はバッティストーニが聞きたいと思いつつ、まぁ、一応音楽監督だし。というか名誉音楽監督ってなってるんだけど、これはどういう意味なんだろう.......まぁ、概ねお客で一杯になるし。ところがこの日は意外に客席に空席が。ガラガラとかいうことではないんですけれどもね。でも、ほぼ満員だったりするのに比べると、ちょっと不思議。あれですかね。マーラーとブルックナーの違いなんですかね。個人的には、最近は、マーラーよりブルックナーの方がいいかなと思ったりするんですが。 で、演奏の方。 まずはシューベルト。未完成ですからね。まずは低弦の唸りから.....おおう。重い。太い。響く。というか、弦が全体に太い。それもその筈。この日の弦五部の編成は14-14-12-10-8。これは、オーチャードホールでもかなり厚い編成です。実はこの編成、後半のブルックナーの編成と同じ。どうしてこうしたのか。或いは、弦チームの一体感を前半から維持したかったのかも知れません。とはいえ、今時のシューベルトとしてはかなり重い編成なのは確か。減らそうと思えば減らすのは難しくないと思うのですけれどもね。 で、どうだったか?これ、良かったです。滅多に聞けないいい演奏と言っていいと思います。好みの問題というのはあると思いますが、現代のホールで現代オーケストラで演奏する以上、現代オーケストラとしてどう鳴らすか、というのは、オーセンティシティよりもある意味重要な問題だと思っています。その意味で、この演奏はオケを十二分に鳴らし切るという意味で非常にいい演奏。編成に余裕があるので、無理に力む必要もなく深い響き。こういうちゃんと鳴ってる演奏、なかなか聞けないのですよ、実は。特にシューベルトは最近ではやたらと「オーセンティックティック」(間違いじゃないですよ、嫌味ですよ。なんならもう2つ3つティック付けましょうか?)な演奏を目指すのだけれども、東フィルでオーチャードホールなら、むしろ「正しい」アプローチの演奏であるでしょう。そもそも未完成って弦を鳴らして聞かせるに足る音楽であると思うので、こういうやり方はある意味正しいし、音楽にも合っていると思うのですよね。最近はこういうスタイルはあまり聞かれないだけに、面白かった。 で、後半のブルックナー。これもいい演奏でした。弦はシューベルトのままで、ブルックナーとして格別大きい編成とも言えないですが、バランス的には低弦を厚くしているので、響きは十分重厚。シューベルトで聞かれた密度の高い演奏で、楽しめました。ブルックナーの演奏としては日本のオケとしてはかなり高い水準だったのではないかと。 ただ、シューベルトに比べると、幾つか傷も。まず、ブルックナーで入ってきた金管がどうも弱い。シューベルト組と比べるとどうも品が無い。この辺は、まぁ、お里が知れるといったところでしょうか。もう一つは、やはり、最終楽章に至ると、さすがに弦が息切れ気味というか、ちょっとへたりましたかね。全体に悪くはないけれど、その辺は限界だったのか。 チョン・ミュンフンの時は、概ねいい演奏にはなるんですよね。あれですかね、練習時間を多めに取ってでもいるのか、皆気合の入り方が違うのか、後者だとすれば、そうじゃねえだろいつも本気出せや、って話にはなるのですが..... シューベルトもそうだったのですが、ブルックナー、曲が終わるや否やぶらぼおおの罵声が。嫌だねぇ。コロナ禍でぶらぼおおおが禁止になったのは数少ないいいことだったのだけれど、これが戻ってくるなり、いや公式には戻ってない筈なのだけれど、汚い声を演奏直後に余韻もまともに聞かずに聞かされるとは。あのねぇ、ブルックナーって確かに爆音音楽みたいに思うかも知れないけれど、弦をきちんと鳴らし切る演奏であればこそ、ちゃんと響きを、余韻を、最後まで聴いてなんぼなのですよ。そういう音楽じゃないんだよ。やれやれ。折角いい演奏だったのにね。 この日は1月末で閉店になる東急本店最後の週末。公演後に寄りましたが、まぁこうなると皆やって来るという感じではありますが、それほど混んでもいなかったかな。東急本店は三十何階建だかの高層ビルになるそうで、併設のBunkamuraも4月一杯だそうです。でも、オーチャードホールは生き残るらしく。本当に生き残るのかなぁ。ちょっと心配だけれど、いいホールなので、残って欲しいです。
2023年01月31日
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新国立劇場 14:00〜 3階右側 タンホイザー:ステファン・グールド ヴェーヌス:エグレ・シドラウスカイテ ヴォルフラム:デイヴィッド・スタウト エリーザベト:サビーナ・ツヴィラク 牧童:前川依子 領主ヘルマン:妻屋秀和 東京シティ・バレエ団 新国立劇場合唱団 東京交響楽団 指揮:アレホ・ペレス 演出:ハンス=ペーター・レーマン 年が変わって初エントリーです。サボってました...... そこそこ聞きにはいっているので、各ネタは沢山あるんですけれどもね。どうも書く気になれなかったりなんたりで。まぁ、ボツボツ書いていきます。というか、まぁ、こういう時また書き始めるのは、よっぽど良かった時か、よっぽど悪かった時かで......まぁ、後者なんですけれどもね。 新国のタンホイザー、2007年初演の演出で、2019年にもやってました。前回が3度目だったらしいので、これで4回目。 昔から色々言ってますけれども、基本的にこの演出それ自体はそれほど悪くはないと思っています。瞠目するほどのことでもないけれど、なんというか、無難といえば無難、読み替えるでもなく、ほどほどにお金の掛からない舞台だけれど、それ自体格別文句を言うほどでもなかろう、といったところであろうかと。 ただ、それだけに、再演するにはそれなりに詰めてやって欲しいわけですね。まぁ言ってしまえば、その辺が甘過ぎるなと。 まず、オーケストラ。東響ですが、これが無惨。外形的にはちゃんとやってますよ?ただ、まず、ちゃんと弾き切らない。音が消えてしまう。3階の横の席ですから、バランスは悪いですが、オケが聞こえない席ではない。鳴らし切らないから、実に平版なのですね。あんなに眠たいタンホイザー序曲というのも珍しい。そんな調子で全編続きますのでね。 今回の指揮者はザルツブルクでも振ってるような人らしいですが、正直言うと、自主性も音楽性も乏しい日本のオケは難しかったんじゃないでしょうかね。それともこれがいいと思っているのか...... 歌唱陣。これはまぁアサインした時点である程度決まってしまうのではありますが、外題役が今回は少々グダグダ。まるでダメなわけではないし、まぁ、地力のある人ではあるから、それなりではあるのだけれど、ここ一番で伸びてこない。あとは、エリーザベトも言うほどではなし。ヴェーヌスは悪くはないけれど刮目するほどというわけでは。ヴォルフラムは、正直、ここは頑張って欲しい役なのだけれども、これももう一つ。夕星の歌はまぁ歌ってましたが、まぁ歌えますねという感じで、それ以上のものでは。 日本人勢は、男声は結局端役だけなのだけれど、これがまた無惨。ヘルマンはまぁ一応形になってますが、そろそろ他の人が聞きたいよね、とは思います。が、それ以上に、他があまりに酷い。率直に言って、こう言う箱の舞台に出て来てはいけないレベルの人もあり。これ皆二期会勢ですが、まぁ、二期会ならこれで通用するのかも知れないけれども、こういう曲がりなりにもプロが出て来るような舞台に出て来られては困ります。 女声は、こちらも端役とはいえ、それに比べれば、まだしも。まぁ、牧童が良かったから、で救われるというものでもないのだけれどもね。 合唱は、これは、以前も、って10 年前にも書いていましたが、第3幕の処理があまりにも弱い。加えて、今回聞いていて、「ハレルヤ」の発音がどうにも「アレルヤ」に聞こえる。つまりHが落ちてる。フランス人か。いやまぁそれは冗談としても、やっぱり、合唱がダメなんですよね。全然なんのつもりで歌ってるのか、ピンとこない。これは10年前と変わりません。解釈?でも、楽譜には(少なくともドレスデン版には)ここはffって書いてあるのですし、何よりハレルヤ!という言葉の意味を考えると、これはあり得ない....というのは散々リンク先に書いているので割愛。加えて今回は幕切もいけてないし。 演出。これが問題。原演出は書いた通りそれほど悪いとは思っていないのですが、細かいところでいわゆる再演演出に問題が多い。これは合唱にも通ずると思うのですが.... 一言で言うと、詰めが甘い。本当に細かいところなんですけれどもね。 たとえば2幕の歌合戦の場。領主と令嬢エリザベートの前に来場者が入場してきて挨拶をする。この来場者の入場が、バラバラなのです。10人ばかりがまとまって列を成して二人の前に来て礼をする。その入場の際のルートが、まとまりによって微妙に違うのです。いや、こんなの、たまたま丁度見える位置にいたから気づくようなことではあるのですが、でも、気づいてしまうのですよ。この演出、この場面での来場者はそこそこ武張った感じの衣装でもあり、シンメトリックな見掛けでもあるので、あまりだらしない感じではその効果が削がれてしまうのですけれどもね。 もう一つは、3幕の巡礼の合唱。合唱自体の問題もあるのだけれど、その巡礼が、まぁ、登場時はまだいいとしても、去っていく時もあまりにもあっさりとするすると退場してしまうのですよ。でもさぁ、この人達、長旅で疲れてるんでしょう?で、懐かしい地に帰って来て、その喜びを歌っていたのでしょう?それがまぁこんなにあっさり捌けるのでいいの?しかも、音楽的には、もうちょっとゆっくり出て行っても差し支えないと思うのですよ。 幕切。これは、巡礼はまぁ、しょうがない。ただ、ここには、巡礼と領主しか出て来ない。そして、この演出ではエリーザベトの棺は出て来ない。まぁ、そこまでは仕方ないかも知れない。ただ、ここには、その結果、歌合戦の場に居た貴顕の皆様も出て来ない。そこは合唱が巡礼も兼ねてるから仕方ないとしても、歌合戦の歌手達も出て来ない。そればかりか、ヴォルフラムが、幕切前に捌けてしまう。いや、いいよ?捌けても。でもさぁ、じゃぁ、その前ローマ語りでタンホイザーに示した同情はなんだったの? 細かい話ですよ。ただ、色々細部にわたって、え?と思う部分が出てしまう。多分相乗効果なんです。綻びが見えてしまうと次々見えてしまう。 なんかねぇ、それなりに拍手は出てましたよ?でもさぁ、その割にはカーテンコール割とあっさりと終わったのは、皆さんもそれなりにサクッと出て来てしまう感じだったのではないですかねぇ。もう一歩踏み込んで誉めたくなる何かが足りなかったのではないかと勝手に思っているのですけれども。 こういう時に限ってもう一度行く予定になってしまっているのですよ。困ったものです。良くなってくれないものかねぇ.....
2023年01月29日
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