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東京文化会館 15:00〜 4階右脇 ワーグナー:舞台神聖祝典劇「パルジファル」(演奏会形式) アムフォルタス:クリスティアン・ゲルハーヘル ティトゥレル:水島正樹 グルネマンツ:タレク・ナズミ パルジファル:ステュアート・スケルトン クリングゾル:シム・インスン クンドリー:ターニャ・アリアーネ・バウムガルトナー 東京オペラシンガーズ NHK交響楽団 指揮:マレク・ヤノフスキ 例によって東京・春・音楽祭のオペラ公演は上野公園の桜の時期。つまり激混み。まぁしょうがないんだけどさ。折角だから公園の入り口の桜くらいは見に行ったけどさ。実際自分も見に行かない訳でもないからあまり言えないんだけどね。でもさぁ、皆判で押したように桜の名所として有名なところに押し寄せて、飲み食いしないと花見したことにならないみたいなのって、物凄く凡庸で想像力の欠落した話だと思うんだけどね.........ま、あれですよ、混んでるから八つ当たりしてるだけです。 去年は何やったんだか、凄くがっかりして憤慨してた覚えがあります。 今年はパルジファル。 そうねぇ.....まず、歌唱陣は、去年より良かったと思います。この間聞いたゲルハーエルは好みの声じゃない、と書きましたが、リート歌いとして、ということであって、アンフォルタスとしては良かったと思います。声量は十分。その上で、押しの強さと役として、というのはつまり人として破綻したように感じさせるところが、なんというか、無頼派みたいな感じがあって、良かったかなと。これに伍してその上を行く勢いだったのが外題役のステュアート・スケルトン。正直、アラはあると思います。ただ、最近聞いた中ではまぁちゃんと歌えていたのではないでしょうか。第2幕で声が破綻することなく支え切れていたと思います。 他の各役もまぁ良かったと思います。中で良かったのはグルネマンツでしょうか。まぁ主要な役は皆一応及第点レベルで出来ていたと思います。 歌唱陣はいいんですけどね........ オケ。やっぱりね。軽いんですよ。軽いというか、毎度毎度の「最後まで音符通りちゃんと音を出さない」がN響でもね........まぁ、聞いてると、明らかに抜けるよな、とまではいかないんですけれどもね。でも、聞いていると、やはり音の密度が薄いんですよ。明確に抜けるまでではないのだけれど、結果的に、鳴ってる様で、微妙に音が持続してるようでしてない感がある。 どうなんでしょうね。昔はよくワーグナーで音がきちんと持続してないとブーイング出てたものですが、今回は特になし。正直、去年バイロイトで聞いてから、実はワーグナーはそんなに重いものではなかったんじゃないかと思っているので、軽いのもありなのか、と思わなくもないのですけれどもね。加えて、今回の演奏は、音としての「語尾」はともかく全体としてはよく出来ていたとは思うのだけれども....... でもねぇ。やっぱり、軽いんですよ。だから、最後の場面とか、確かに盛り上がってはいるけれど、でも、何処か説得力がちょっと弱い。これ、演奏会形式ですからね。オケは舞台の上に乗ってる。ピットじゃない。だから、舞台上演よりはオーケストラとしてはずっと条件はいい筈なんだけど。弱い。 これねぇ........最近、よくアナウンスで、「拍手は指揮者が指揮棒を下ろしてから」みたいなことを言うようになって、今日もそれ言ってたんですよね。で、最後、幕切れ後、やっぱりまだ静まってて指揮者が動いてないところで拍手が入る。これ、アホが.....ってなると思うのですが、ひょっとすると、演奏そのものが理由なんじゃないかしら。つまり、もっと説得力のある、抜けのない、それこそ気の抜けない演奏であれば、聞いてる方も引き込まれるから、集中が切れなくて、フライングで拍手なんてしないんじゃないかと思ったりするんですけどね。 一般的な意味では、悪くない演奏だったと思いますよ。でも、そうじゃないんだよなぁ。 合唱ですが、1幕と3幕では、女性合唱を5階席の正面席に配置して、舞台上の男声合唱と歌わせていて、音響的には面白いし悪くなかったと思います。ただ、やっぱり何歌ってるかよく分からなかったかなぁ。歌唱陣はちゃんと歌ってる内容分かるだけに、ね。 去年に比べるとかなり良かったと思いますが、まぁ、課題も残るところだったかなと。
2025年03月31日
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鎌倉芸術館大ホール 16:00〜 (14日) / 東京オペラシティコンサートホール 19:00〜 (16日) 1階左手 / 3階右手 【12/14】 J.S.バッハ:ゴルトベルク変奏曲 BWV988 〜 アリア J.S.バッハ:半音階的幻想曲とフーガ ニ短調 BWV903 ハイドン:ピアノ・ソナタ ト短調 Hob.XVI-44 J.S.バッハ:「音楽の捧げもの」 BWV1079 〜 3声のリチェルカーレ モーツァルト:幻想曲 ハ短調 K.475 J.S.バッハ:フランス組曲第5番 ト長調 BWV816 モーツァルト:アイネ・クライネ・ジーグ ト長調 K.574 ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第13番 変ホ長調 op.27-1 ピアノ・ソナタ第24番 嬰へ長調 op.79「テレーゼ」 ピアノ・ソナタ第30番 ホ長調 op.109 <アンコール> シューベルト:ハンガリー風のメロディ D817 ブラームス:インテルメッツォ 変ホ長調 op.117-1 ベートーヴェン:6つのバガテル op.126 〜 第4曲 ロ短調 モーツァルト:ピアノ・ソナタ第16(15)番 ハ長調 K.545 〜 第1楽章 シューマン:「子供のためのアルバム」op.68 〜 楽しき農夫 【12/16】 J.S.バッハ:ゴルトベルク変奏曲 BWV988 〜 アリア ハイドン:ピアノ・ソナタ ハ短調 Hob.XVI:20 モーツァルト:ロンド イ短調 K.511 ハイドン:アンダンテと変奏曲 ヘ短調 Hob.XVII:6 ベートーヴェン:6つのバガテル op.126 シューベルト:アレグレット ハ短調 D915 ハンガリー風のメロディ D817 ピアノ・ソナタ 第18番 ト長調 D894 「幻想」 <アンコール> シューベルト:3つの小品 D946から 第1番 変ホ短調 楽興の時 D780から 第3番 ヘ短調 即興曲集 D899から 第3番 変ト長調 J.S.バッハ:イタリア協奏曲 へ長調 BWV971 〜 第1楽章 モーツァルト:ピアノ・ソナタ第16(15)番 ハ長調 K.545 〜 第1楽章 ショパン:マズルカ ハ長調 op.24-2 シューマン:「子供のためのアルバム」op.68から 楽しき農夫 ピアノ:アンドラーシュ・シフ もう3ヶ月半前、去年の話ではありますが、書いておこうかなと。 この間の協奏曲もですが、基本シフは今は来たら聞いておこうと思うピアニスト。ザルツブルクでも何度か聞いていますが、割とまめに日本に来てくれるので。今回は予定を見ると14日の土曜日と16日の月曜日ということで、行けるかどうかわからないけれど、と思いつつ買っておいたのでした。結果はどちらも万象繰り合わせて聞きに行った訳ですが、しかし、どちらも感覚的には3時間コース。実際にはそこまでではなかった気はしますが、まぁ大変。最近のシフは平気で長時間やるなぁ、という。 選曲は見ての通り。土曜日はバッハと古典派のプログラム、月曜日はバッハとベートーヴェンの代わりにシューベルトが入ってきた、といったところ。どちらもゴールドベルク変奏曲のアリアから入って、あちらへこちらへと逍遥する、とでもいうような趣でしょうか。プログラムの最後が、土曜日はベートーヴェンの30番、月曜日はシューベルトのD.894のソナタ。これも相似形のいい終わり方かなと。 正直結構忘れてはいますが、まずはともかく楽しかった。リサイタルを聞いたな、というか、音楽を聞いたな、という満足感のある演奏会でした、どちらも。こういう感じ方がやっぱりいい演奏会の印象かな、と思います。何がどうだとかいうこと以前に、まず、音楽を聞いたなという心持ちが残るのが第一。昨日書いたゲルハーエルのリサイタルも、何のどこがどうだ、ということよりも、音楽を聞いたな、という印象がまず残るんですよね。こういう演奏会はやっぱりいい経験として残るのだと思ってます。 とはいえ記憶に残る曲はあるもので、やはり各々の最後曲目のソナタは良かった。あとは、モーツァルトの幻想曲。そしてブラームスのインテルメッツォ。この2曲は最近のシフの定番曲だと思いますが、これを聞くと「ああ、シフだなぁ」と思うというか。 まとまった曲というところでは、土曜日のバッハのフランス組曲第5番、日曜日はベートーヴェンのバガテル、でしょうか。特にバガテルは作品番号的にはベートーヴェン後期というか晩年の作ですが、色々な相貌を見せる中に、予想外に穏やかだったりと意外性のある作品。だけれど、意外と聞く機会は少ないのですよね。こういうのシフは上手いなと思います。 モーツァルトのK545の第1楽章とシューマンの楽しき農夫は最近シフが日本で「今日はおしまい」のジングルみたいに弾いている曲。 少しこの演奏会で残念なのはお客で、なんというか、スノビッシュなお客が増えたなと思うんですよね。鎌倉で特にそうだったのだけれど(初台でも幾分そうなのですが)、モーツァルトのK545が始まると、ちょっと失笑のようなものが漏れるんですよね。「そうじゃない。知ってる曲だからだ」って言い張るのかも知れないけれど、あれは明らかに失笑風の笑いでしたね。 モーツァルトのK545のソナタは、確かソナチネアルバムにも入っている、ピアノ学習の定番曲だったと思っていて、だから誰もが知っている、という部分はあるのだと思います。けれども、仮に「初学者向けの作品」であったとしても、それは作品が、演奏が、稚拙であるということにはならない。モーツァルトのピアノソナタの全曲録音を入れているピアニストなら勿論皆弾いているし、グルダはわざわざアルバムの中でこの曲を選び取って弾いていて、その演奏の装飾音は当時は議論を巻き起こしたものではあった。その程度には真面目に取り組まれてきた作品ではあります。 確かに、シフくらいになれば、他にも弾くものはあるでしょう。今時は超絶技巧を誇るピアノ弾きは幾らでもいて、ユーチューバーの類ならもっと派手なものをガンガン弾き飛ばす輩は幾らでもいるでしょう。そこにソナチネ?何を今更?でも、よく演奏を聞けば、シフが注意深く繰り返しで装飾音を重ねてひい一えるのは分かる筈です。今時はそのくらい当たり前?でも、50年以上前、グルダが装飾音付きで録音した時は、そのようには見られていなかった。それから50年経ってシフはここでこれを弾く。それは、いわばモーツァルト演奏を積み重ねてきたピアニスト達の今の最前線の一人として、その積み重ねを継承した結果なのだと思います。 ちょっとそんな風に思って、少し腹を立てながら帰って来たのをよく覚えてます。 シフはあとどのくらいやってくれるのかなぁ。無理しないでねと思いつつ、聞きたい気持ちも勿論あるのだけれど、さてさて。
2025年03月29日
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東京文化会館小ホール 18:00〜 左手後方 シューマン:6つの歌 op.107 / ケルナーによる12の詩 op.35 / 3つの詩 op.119 / ガイベルによる3つの詩 op.30 / 6つの歌 op.89 / リートと歌 第4集 op.96 <アンコール> シューマン:歌曲集「ミルテの花」op.25 〜 第17曲 ヴェネツィアの歌1 / 第25曲 東方のバラより ロマンスとバラード集第2集 op.49 〜 第1曲 二人の擲弾兵 バリトン:クリスティアン・ゲルハーヘル ピアノ:ゲロルト・フーバー ほら......ちょっと気ぃ抜くと1週間前のも書かなくなっちゃう.........ダメぢゃん........ いわゆる東京・春・音楽祭が始まっております。あんまり思い入れはないのですが、確かLFJと同じ年に東京のオペラの森という名前で始まって、こちらの方はLFJとは違って変化しながらも割と発展しているイメージで推移しております。 この音楽祭、歌曲のリサイタルもそこそこ企画していて、今年はゲルハーエル。ゲルハーヘル表記なんですね。私はH発音せずに来たのだけれど。このリサイタルも結構高くなっていて、なので行く気はあまりなかったのですが、この連休の予定変更の流れで勢いで買っちまいました。 なので直前に買ったのですが、その時点でかなりガラガラ。文化会館の小ホールは、正方形の一角に舞台を置く形で、真ん中やや後ろよりに通路が設定されているのですが、その通路の後ろ側、特に真ん中のブロック以外はガラガラ状態。あのホール、後ろの方もよく聞こえるし、だから割といい席買えはしたのだけれど、そもそも土曜日の夜公演でここまで空いてるのか、という.......正直かなり高かったのではあるけれど、それにしても。前の方だって、かなり埋まってはいたけれど、空席はあるし、ゲルハーエルでもこれなのか........... 正直、シューマンの歌曲はシューベルトほどには聞いていません。このプログラムの中でいうと、聞き覚えがあるのは、ケルナーの歌曲集くらいかなぁと。ちょっと私には難しい。いや、聞くんですけどね。面白いとも思っているけれど、自分で選んで聞く時は、つい他に行っちゃうんですよね....なので、こういう機会はまぁ確かに大事。大事だけど......私が聞きたいのは本当はシューベルトとか、なんだよね....... 実際良かったと思います。ただ、本音を言うと、ゲルハーエルの声は、あんまり好きではないんですよね。なんと言うか、ちょっとプレゼンスが強いというか、アグレッシヴというか、もうちょっと柔らかい方が私の好みではあります。 まぁこれは声の好みのレベルであって、歌唱そのものは申し分なし。いい演奏会ではありました。
2025年03月29日
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LFJの話も少しは書かないとですね............. LFJのプログラム。紙に印刷されたものがなかなか出て来ないままに、もう先週の土曜日には一般発売になってしまいましたが、漸く今日入手しました..............チケットぴあの「クラシックぴあ」という冊子の形で。 いや、毎年あるんですけどね。ただ、現時点では国際フォーラムに行けばあるのかも知れないけれど、やっとぴあの方が入手出来たと。昨日東京文化会館に行っても見当たらなかったので、作ってないか、あっても国際フォーラム以外には置いていないのか。よく分かりませんが.......今日は渋谷のタワーレコードに行ったら、ぴあの方だけあったという次第。 やる気ないんですかね。国際フォーラムは。外聞が悪いから「もうやめます」ってなかなか言い出さないみたいなね。ぴあは協賛もしてるし、結果的にチケット独占販売中なので、まぁ、印刷物も作るんでしょう。 先週土曜日に一般発売が開始されましたが、今年は金にものを言わせて(^^; ぴあの会員先行でかなり押さえたので、もう一般発売では買いませんでした。いい席が取れるとかあるんでしょうけれど、もういいかなと。 で、現状どのくらい売れてるのか。3/23 21:00時点、という感じですが、小ホール公演はほぼ完売です。ほぼ、と言っている以上、実は見た限りではまだ若干残ってる公演がありました。探してみて下さい。私の知る限り、公式サイトでは2公演、ぴあの方では公式と同じ公演を含め3公演でした。 ホールCは、2公演ほどを除いて全公演まだチケットはある。そう、完売の公演があるんですよね。ただ........ふーん.........これが完売なんだ.........という感じ。時間帯がいい公演だからかも。 ホールAとマスタークラスは見てないです。マスタークラスは売り切れもあるのかもですね。 国際フォーラムがやる気ないんかね、と書きましたが、こちらのテンションが上がらないのも確か。今年は余裕持って、中抜けもするつもりで行きます。そこまでして頑張りたい公演もないよね、といったところなので.........まぁ、近づいて来たら、少しは考え直すかもですが。多分、ないな...... いや、楽しみにはしているのよ?ただ、テンションは上がらないなぁと.......
2025年03月23日
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実は昨日の夜、こんな本の広告を見掛けてしまいまして。 https://www.nhk-book.co.jp/detail/000000887392025.html NHK出版の本で、「揺らぐ日本のクラシック 歴史から問う音楽ビジネスの未来」というタイトル。 うん。知ってる。そういう話よく知ってる。広告にも「この30年ずっとクラシック音楽の危機が言われ続けている」って書いてました。うん。そしてそういう話ってクラシック音楽界隈大好きなんですよ。私も含めて。むしろこいつの大好物だろ、って言われそう。というか、このブログ始めたのもLFJが画期的だよな!と思って、始めたわけでね。それもなぁ........... で。買って読んだか?読んでません。買ってません。多分、いつか買いますけど。電子書籍でセールになるか、バーゲン本で半額で出てくるか、どっか急に出かけて読む物がない!って言った時に本屋で見掛けたとか、そういう時。だから読後感でもなんでもないし、批評でも賛同でもないんですよね、この記事は。まぁせいぜい読む前に言っておくかくらいのもの。無関係です。ただ、契機にはなったので。 とはいえ、多分本の内容とは全然違う話を書きます。ついでに言うと、タイトルもまるで何も考えてません。せいぜいがこのくらいはもう叫ばれてるでしょくらいのもので。これもきっと陳腐な話です。 昨日聞いたシフとカペラ・アンドレア・バルカのツアーですが、日本に来るのは2度目で、これが最後なんだそうです。まぁ、そこに格別の感慨はないんだけれど、KAJIMOTOが作ったプログラムを見ると、今回のツアーは川崎、堺、京都で各1回、東京が2回、北京と香港も2回、大邱とソウルで各1回、なんだそうです。日本と中国や韓国、まぁ香港をどうカウントするかっていうのはありますが、まぁその間ではもう差は無いんでしょうね。昔、って言っても30年前とかそのくらいですが、その頃にはちょっと考えられない話ですが、国を背負ってきてるオーケストラなんかとはちょっと違うのでしょうが、これが本音なのでしょう。そういえば、更にその前、確か1988年頃に、スメタナ四重奏団が告別演奏ツアーをやりまして、私はギリギリ間に合ったくらいなのですが、その頃は日本中回って演奏してたんじゃなかったかな。今でも光藍社とかのだとそれに近いことやってるとは思いますが....ともあれ、その当時日本は出稼ぎ先、金になる国だった。勿論ただそれだけではなかったとは思いますが、まぁ、思いたい、としてもいいですが、ともあれその頃と比べれば日本はポジション落としてますよね。 でもその頃から既にクラシック音楽は危機にあった訳で....... なんなんでしょうね。 閑話休題。ここまではついでの話。 この2週間ばかりで立て続けに日本、というか東京のオケを4つ聞いた訳です。1月には実はN響もみなとみらいで聞いている。それぞれ公演形式も楽曲も指揮者も場所も全然違うのでなんともなのですが、まぁ、やっぱり、概ねどれも同じような不満を持ってる訳です。読売日響のはちょっと別だけど、何しろヴォツェックなので、それ以前の話の部分もあるし。でも、目立たないだけで共通していることはあるなと思っていて。 いつも言うのは、弦が金切り声を上げるのと、もう一つがちゃんと楽譜通り弾ききらない、鳴らしきらない、少なくともどこで聞いてもそう聞こえてしまう。 いや、それだけならまだしもなんですが、昨日のカペラ・アンドレア・バルカみたいなのを聞くと、やっぱり「ああ...」と思ってしまうのですね。一番の違いは、やっぱり、ちゃんと鳴らし切るんですよ。抜いちゃわないんですよね。 これもいつも言うことですが、日本のオケより、たとえば東欧圏の二線級の団体を聞く方が楽しい、というのは、実はこういうところで、ちゃんと演奏してるし、そのように聞こえるんですよね。上手い下手はいろいろあります、勿論。加えて言えば、近年クラシック音楽のレベルというのはやはり落ちていると思っていて、去年の年末にブダペスト行っていろいろ聞きましたが、お客もだけどあそこの団体も決してレベルが高いとはいえない。特に国立歌劇場とかかなりダウンしてるな、とは思いましたが、でも、こういう「ちゃんと鳴らす」というのはまだ維持されている。時々「あ、落ちた....」とかありますけどね。あ、ちなみに、ブダペストで一番上手いかな?と思ったのは、ブダペスト祝祭管弦楽団でした。まぁ、名曲集みたいなのだったんで、なんともいえないですが。 それはともかく、どうしてそうなってしまうのか、というのを、いつも「ちゃんとやれ」「ちゃんと弾け」っていうのですが、あれ、手ぇ抜いてる気がないのかなと。つまり、元々そういうものだと思って、信じ切って、やってるんじゃないかしらん。 上手い下手はあるんですよ。で、以前も書いていた覚えはあるけれど、なんならそういう来日公演系だと、日本のオケより下手だよね、というのはままある訳です。でも、そういうところでも、楽譜通りの音価を出さない、というところは、殆どない。公平に言って、日本のオケは技術的な意味では確かに上手いと思います。でも、技術以前の問題で、何故か音が抜けていく。 それなりに日本人は概ね真面目なので、オケの楽員といえども、失敗しないように、とは思ってやってると思うんです。言い換えると、音が抜けるのは失敗じゃない、と認識されているのだろうと。多分、そういう教育を受けているんだと思うんですね。それが抜けない。で、多少海外で経験があっても、日本でやると、大多数がそうだから、結局同じところに落ち着く。基本のきの所で、楽譜通りの音価を出し続ける、ということよりも、多分、ですが、次の音を出す、出し続ける、というのが優先されてるのかな、と。仮にちゃんと出すことをやろうとしていても、少なくともそうは聞こえない。 でも、実際聞くと、明らかに、海外のオケはそうではないんですよね。昨日のなんかもう明白で。で、それはそれだけのことじゃないんですよね。 昨日のプログラムはオール・バッハで、つまりはバロック音楽なんですよね。で、そこで演奏されるのは、スタイルとしてはあくまで現代オケの延長線上と言っていいけれど、ちゃんと今時のバッハの演奏として聞こえるんですよね。で、抜けるところがない。それは緩徐楽章では顕著で、いわゆる「バロック音楽」然としたのではない、ちゃんと歌ってほしいところで、決してレガートの連続みたいなものではないにせよ、ちゃんと歌える。そこで決してぶつ切りにはならないんですよ。日本のオケだと、みんな大好きBCJなんかも含めて、ぶつ切りじゃないけど抜けちゃうか、「ピリオド奏法ってそういうものだ」とか言って切っちゃう。で、後者はともかく、前者は、特別なことしてないつもりなんじゃないですかね。普通にやってるだけ。普通が「鳴らしきらない」。 楽器の初心者が練習始めると、「ゆっくり演奏してみましょう」とか言われるじゃないですか。で、演奏出来るようになったら、早くしてみましょう、となる。あの時、「ちゃんと出し切れているか?」というのは、リズムをちゃんと取れているか?という意味ではうるさく言われるけれど、「音価通り鳴らしきっているか?」というのをあんまり言ってるイメージがないんですよね。無論、リズムをちゃんと取るためには、音価を理解していなくちゃいけないから、そういう意味では疎かにしないとしても、その中で鳴らし切るよりは、次に意識が行ってしまっていることはあるかなと。特に、管楽器はまだしも、弦楽器系は。決して疎かにしてはいないのだろうとは思うんですが.... でも、ちゃんと鳴らしてるのって、やっぱり聞いていて気持ちいいんですよね。充実してる。皆そういうの思わないのかしらね。そういうふうに日本のオケをつまらんと言ってる人はあまり見ないですね。音外したとかいうことはよく言われるけれど。 あ、別にそれが「クラシック音楽の危機」に繋がってるという訳ではないと思います。ごく個人的な趣味の問題と言われても仕方ない。でも、なんだろうな、30年も叫ばれていてずっと叫ばれ続けてるのって、そもそも何か常識だ、普通だ、と思っていることに落とし穴があるんじゃないですかね。こういうことみたいに。よくわからないけど。
2025年03月22日
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ミューザ川崎シンフォニーホール 19:00〜 ピット席 バッハ:ピアノ協奏曲第3番 ニ長調 BWV1054 / 第5番 ヘ短調 BWV1056 / 第7番 ト短調 BWV1058 / 第2番 ホ長調 BWV1053 第4番 イ長調 BWV1055 / 第1番 ニ短調 BWV1052 <アンコール> バッハ:ブランデンブルク協奏曲第5番 ニ長調 BWV1050 〜第1楽章 指揮・ピアノ:アンドラーシュ・シフ カペラ・アンドレア・バルカ そもそも、この連休に行くつもりだったのはこれだけなんですよね。しかも、このチケット自体、去年12月の来日のチケット取ってる中で「ついでに行くか」くらいの勢いで決めたようなもんでして... 金曜とはいえ平日の夜なのによく買ったよなと。 まぁ、なんですね。お腹いっぱい。聞きごたえのある演奏会でした。 編成は弦のみ。ピットで聞いていたので、ひょっとすると見逃していたかも知れませんが、音はなかったと思うので、多分それだけ。で、中央にピアノ。ピアノなんですよね。ベーゼンドルファー。ピアノ協奏曲、と書いていますが、時代的にはチェンバロ協奏曲。むしろクラヴィーア協奏曲と言った方がいいのか。元々が殆どが編曲モノですしね。あんまりこだわってもしょうがなかろうとは思いますが。 オケの楽器も見た限りピリオドというわけではなさそうだし、演奏自体も、ヴィヴラートかけまくりみたいなことはないのですが、さりとてピリオド奏法というわけでもない。ベーゼンドルファーは勿論現代のグランドピアノです。フルコンサートグランドというにはちょっと小さめのような気もしないではないですが、まぁ、普通にピアノ。 シフは決してアンチ・ピリオドなんかではない筈です。実際、フォルテピアノを使った演奏会なんてのもやりますしね。ただ、なんというか、シフトいう人はオーセンティシティということに、ノンシャランなところがあるように思います。オーセンティックであっても結構だけれど、別にそんなことに頓着してもしょうがない、他に優先順位高いことがあるだろう、というような。フォルテピアノでもなんでも使うけれど、それはバッハをピアノで弾くことの否定に繋がることもない。シフはピアノの人だから、ピアノで音楽をやることがまず第一、なんだろうなぁと。バッハはどうあるべき、とか、この曲はこうで、とか、んなこたよくわかってて、その上でまぁそれはそうだけどじゃぁどういう音楽をやるの?ということの答えがこれなんでしょうね。確かに面白い。楽器がどうの奏法がどうのという前に、まず音楽として面白い。 まぁ、オケもですが、とにかく密度の高い演奏でした。 全編素晴らしかったけれど、アンコールのブランデンブルク協奏曲の第5番、第1楽章。フルートとヴァイオリンとクラヴィーアの独奏だけれど、後半はクラヴィーアの、カデンツァというか、ピアノ独奏の独壇場。これが集中力の高い演奏で、凄かった。まぁ、リサイタルを思えばこのくらい弾くのはなんということはないといえばないのですが、しかし2時間ピアノ協奏曲やった後にこれですからね。 バッハのクラヴィーア協奏曲についてだの、カペラ・アンドレア・バルカの成り立ちだのとか、まぁ、書くことはいろいろあるのかも知れないですが、ちょっともうそういうのいいかな、という気分。お腹いっぱい。なんでしょうね。ここ最近なんか不完全燃焼の回が続いたのもあって、満足しちゃったかな、というのはあります。
2025年03月22日
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ミューザ川崎シンフォニーホール 14:00〜 2階正面 シューマン:交響曲第4番 ニ短調 op.120 ベルリオーズ:幻想交響曲 op.14 東京交響楽団 指揮:ロベルト・アバド この3月は、いろいろ予定が変更になって、急遽いろいろ行くことにしたりしているわけです。これもその一つ。身体が空いてしまったので何かあるかなと探した中で、まぁ、ぶっちゃけ、安いチケットがあったので。悪口ばっかり言う割に国内オケを聞きに行ってるのはそんなこともあり。 ロベルト・アバド。クラウディオの甥です。聞くのは久しぶり。今はボローニャ市立劇場の首席指揮者だそうですが、以前からボローニャで振っていて、なので、ボローニャのオケが入るペーザロのロッシーニ・フェスティヴァルで振っているのですね。そこで何度か聞いた覚えがあります。「エジプトのモーゼ」とか確かロベルトだったかな。日本にはあまり来ていないと思いますが、録音も実は少なからずあります。 シューマン。 面白かったです。正直言うとベルリオーズよりこっちの方が個人的には好みです。 ただ、やっぱりオケがね..........毎度なんですけどね。これは全般にそうなんですが、音を楽譜の音価通りちゃんと鳴らし切らないんですよね。消えちゃう。音が抜けてしまう。そういうの、本当にいいオケでは、やっぱりないんですよね。響きというのは音の大きさじゃないんです。 そういう抜けがなければ、とてもいい演奏だったと思うんですよ。でも、抜けちゃう。 ロベルト(アバドの、っていうと、クラウディオの話みたいになっちゃうんでね...) のアプローチは、響きを重層的に鳴らしたいんだろうな、と思うんですよね。こういうの、日本のオケ聞いてると、なかなかないんですよね。シューマンはもっと軽く扱われてしまう。ロベルトは果敢に挑んでますが、構造的にはすごくわかるんだけれども、音がついて来ない。面白くはあるんですけどね。 後半はベルリオーズ。 何故日本のオケは概ね鳴らし切らないかというと、少なからず体力の問題があるのだと思います。そんなことはあるまい、と思われるかも知れませんが、実際、コンサートの後半とか、へたってるな、というのが見えてしまうことがありましてね。この日のプログラムはシューマンとベルリオーズの2曲だけなんですが、演奏時間的には合わせて90分程度、休憩入れてもまぁ実際に2時間なんですが、シューマンの4番だって結構重い曲です。プログラムのメインに置いてもおかしくはない曲。これを前半に置いて後半幻想交響曲っていうのは、流石にきつかったんだなと。弦も、管も、頑張りはしたんでしょうけれど....... コンサートはオリンピックではないし、そもそもプロの筈なので、参加することに意義があるとはなかなかならないかなと。公平に言って悪くはなかったと思いますが、それだけに限界も見えてしまったかなと。
2025年03月21日
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すみだトリフォニーホール 14:00〜 3階左側 ブラームス:ピアノ協奏曲第1番 ニ短調 op.15 <独奏アンコール> シューマン:暁の歌 第1番 ベートーヴェン:交響曲第5番 ハ短調 op.67 「運命」 ピアノ:アレクサンダー・ガジェヴ 新日本フィルハーモニー交響楽団 指揮:太田弦 そもそもが夕方の公演のチケットしか買ってなかったのですが、昼間が暇になって、なんかあるかなと探してこれにしたのでした。NBSが呼んだテノールのリサイタルとかあったけれど、正直、値段の割に外れそうな気がしたので、というか嘗てもっと安く聞いていたいろんな歌手には及ぶまい、というのが読めてるのでねぇ。ガジェヴはなんだかんだで2度ほど聞いて悪くないピアニストだと思うので。指揮の太田弦はコロナ禍でN響に登場したのを聞いたけれどそう悪くなかったし。と思っていたのですが、改めて経歴を読むと、結構前からあちこちで振ってるのですね。でもまだ30そこそこだから、断然若手という位置付けでしょう。どうやら海外経験が無いようで、珍しいといえば珍しい。あれよあれよと日本で活躍してしまった感じなんですかね。まぁ、それがいいとか悪いとかいう話ではありませんが。 ガジェヴは去年聞きましたが、面白い人だとは思います。ただ、まだ若いよね、という感じだった。 今回は、しかし、なにしろブラームスの協奏曲です。方向性は全く違うのだけれど、かなりいい演奏だったと思います。 特に良かったのは、さもありなんというところですが、緩徐楽章の第2楽章。けれども、それ以外も含めて全体的にいい演奏だったと思います。 大体がドイツロマン派はピアノ協奏曲が少ないんですよね。ブラームスの協奏曲は例外的なのだけれど、あまりピアノが頑張って前に出ようとしない。協奏曲らしくない。交響曲みたいだ、とはよく言われるけれど、確かにピアノが格別華やかに目立つわけではないんですよね。それはまぁ言えば協奏曲の役割、性格が変わったということなのだと思いますけれど、だからといってピアノが埋没したわけでもなく、オーケストラと対等に、それこそ響き交わすような音楽。特にこの第2楽章はピアノが前に出るのでなく、静かだけれど雄弁にオーケストラと対話するように感じます。他の作曲家だと、ついつい喋り過ぎるんですかね。 ガジェヴはこういうの得意なんでしょうね。加えて、指揮者との相性もいいのでしょう。よくオケを抑えて、喋り過ぎない対話を聞かせていたと思います。 アンコールのシューマンは、面白かった。ガジェヴらしい選曲だと思います。これは聞きに来て正解でした。 後半は運命。 太田弦の、と言っていいと思うのですが、アプローチは、よくある一気呵成というスタイルではなく、むしろややゆっくり目で、丹念に演奏していくスタイル。特に第3楽章から終楽章にかけてはその傾向が顕著。遅い、というのではないんですよね。ただ、きちんと、丁寧に、丹念に演奏していく。これは好ましいスタイルだと思います。ただ、そうなると、新日の馬脚が顕になってしまうというか......音符を弾き切れていないところが見えてくるんですよね。 悪い演奏ではないと思いますよ。でも、結局、弾き飛ばすとまでは言わないまでも、弾き切ってないから、スッと抜けるというか。 一時期の新日、つまり、アルミンク以後ぐだぐだになった時期からは随分マシになったとは思います。指揮者の教導もあってか、金切り声で叫びまくるようなのは影を潜めたけれど、「ちゃんと弾く」ことは戻ってはいないですね。そこまでちゃんと鍛えてくれる人はあまりいないからねぇ。 まぁ、新日としては、いい演奏だったとは思います。ブラームスは確かに良かったし、ベートーヴェンも指揮者のアプローチは良かった。オケとしては、やっぱり、まだまだですかね。
2025年03月17日
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サントリーホール 18:00〜 1階右後方 ベルク;歌劇「ヴォツェック」 op.7 ヴォツェック:サイモン・キーンリーサイド 鼓手長:ベンヤミン・ブルンス アンドレス:伊藤達人 大尉:イェルク・シュナイダー 医者:ファルク・シュトルックマン マリー:アリソン・オークス マルグレート:杉山由紀 新国立劇場合唱団 TOKYO FM合唱団 読売日本交響楽団 指揮:セバスティアン・ヴァイグレ もうね、ダブルヘッダー、しんどくて、もう無理かもしんない......歳だねぇ.......... ヴォツェックです。読売日響はあまり好きではないんですけどね。別にヴァイグレにそれほど興味があるわけでもないし。でも、ヴォツェックだからね。そして、この公演、元々はゲルネが外題役を歌う筈だったのですが、いつの間にかキャンセルになってキーンリーサイドに。ちょっとね。キーンリーサイドが悪いのではないのよ。ゲルネじゃないのがね。チケット結構高かったし..... こないだのバッティストーニはまだしも脱臼が治らないという理由だからまだしもだけど、最近多いよね.... ヴォツェックは久々ですが、まぁ、眠いよね、前半は。というか、正直言って、ちょっといたたまれない感じではあります。純粋に音楽として聞く分には、という見方はあるけれど、やっぱりちょっとしんどい。それが、後半、というより、残り3分の1くらい、マリーが聖書のマグダラのマリアのくだりを読むあたりから、急激に物語が、なんというか、奈落の底に向かって雪崩れ落ち始めるともう....... 良し悪しで言うと、まぁ..........一言で言えば、ヴォツェックの、ベルクの勝利かな、と。 聞いてる場所がと言うのもあるけれど、この日一番はマリー。聖書の朗読の場の、罪の意識に苛まれて半ば錯乱する - まぁこのオペラ大体が皆錯乱してるようなものなのではあるけれど - 場の金切り声の凄まじいこと。サントリーホールとはいえ、久々にホールを圧倒する声を聞きました。まぁ、それが素晴らしい声というわけでもないんですけどね。でも、そういう曲ですからね。歌というより全編シュプレッヒェシュティンメみたいなものだし。そして、その一方で、この辺からの音の密度はかなりのもの。確かにこれを具現化出来るオーケストラもたいしたものではある。でも、やっぱり、これを書いたベルクがなによりも。 外題役のキーンリーサイドもまぁ立派なものですが、しかし、もう65とかですからね。幾ら代役とはいえ、呼ぶ方も呼ぶ方、受ける方も受ける方というもの。流石に声は限りがあるけれど、よく歌ってはいました。 オーケストラは、まぁ、ヴァイグレのコントロールが効いていたかなと。日本のオケは、こういうのは確かに上手いことやるものではあるけれど、よく統制が取れていたと思います。 敢えて言うと、「オペラ」としては破綻していたとも思います。ただ、もともとこのオペラは断章を継ぎ合わせて出来ているような物で、まぁ最初から破綻しているようなものなので、それもありかなと。むしろ、後半、一気呵成に流れ始めてからは、もう奔流のような演奏で、これはこれでいいんじゃないかなと。
2025年03月16日
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オーチャードホール 15:00〜 3階正面 (2/24) サントリーホール 19:00〜 ピット席 (2/25) ベートーヴェン:ピアノ・ヴァイオリンとチェロの為の三重協奏曲 ハ長調 op.56 交響曲第3番 変ホ長調 op.55「英雄」 ヴァイオリン:前田妃奈 チェロ:ハン・ジェミン ピアノ・指揮:チョン・ミュンフン 東京フィルハーモニー交響楽団 秋から冬にかけて書いてないのがいっぱいあるんですけどね。実は。まぁ、最近の方からボツボツ書いていこうかと。途中で諦めそうですがね。 先月の東フィル定期はチョン・ミュンフンの指揮。本当は今月のバッティストーニと2ヶ月続けて豪華ラインナップの筈だったんですが..........まぁ、言ってもしょうがない。 チョン・ミュンフンの弾き振りって、今までにもあったような気がしなくはないのですが、覚えがない。まぁ、指揮者の多くはピアノくらい弾ける、という人は少なくないので、不思議じゃないと言えばないのですが、まぁまめな人です。 ベートーヴェン自体は別に苦手でもなんでもないんですが、でも、幾つか、敬遠とまで言わないけれど、あまり聞いてない曲というのはあります。あれだけ書いてるんだから、そういうのがあってもおかしくはない、という話ではあるのですが、実は三重協奏曲も英雄も、苦手な部類。要はあんまり来たくないプログラムではあるのです。 なんかねぇ、くどいイメージがあるのですね。聞いてて疲れちゃうな、という。まぁ、苦手だからあんまり聞いてないのも確かなのですが。特に三重協奏曲はあまり取り上げられることも多くはないし。英雄は華香あたっちゃうんですけどね。 ま、そんな苦手プログラムなので、今回は休日のオーチャードだけでなく、平日のサントリーも来ました。あれですよ。人参嫌いだから食べるの頑張る的な奴。苦手克服ですね。で、どうだったか? 三重協奏曲。改めて落ち着いて聞くと.......うーん。ただ、ちょっと思うところはあって。これ、多分私、ブラームスの二重協奏曲のイメージに引っ張られてるところがある気がするのです。でも、実際聞いてみると、むしろ軽いんですよね、思いの外。パリの交響協奏曲の系譜だという話なのですが、確かに、これは、どこかモーツァルトのように感じる面がなくもない。 いや、全然モーツァルトと違うんですよ。でも、改めて聞くと、この軽さ、というか軽やかさは、少なくともベートーヴェンの曲にはあまり見られないものかなと。そういうアプローチで聞くと面白いのかなと。とっつき方がちょっと読めた気はします。 まぁ、そんななので、演奏の良し悪しがどうこう言えるものではないかなと。ただ、そういう性格を表出している程度には表現的で、それが出来る演奏、ということなのでしょう。 後半は英雄。 うーーーーん.................わからん。 いや、わかりますよ。わかるけど、面白くないっていうか........ 昔っから、苦手だけど聞いてみて「ああ、なるほど」と分かった気になって、聞けるようになった、まぁ、苦手とまでは言わなくなった、というのは結構あるんですよね。特に生演奏で。ブラームスの1番はコリン・デイビスの振ったバイエルン放送響。4番はホルスト・シュタインとN響。ブルックナーは5番をラトルとベルリン・フィルで聞いて、まぁ、なんとなく聞き方は分かったかな、というような。 でも、英雄は、ずっとよく分からないんですよね。まぁ、1曲くらい、どうにも苦手な曲があってもいいかな、というような。 そんなだから、演奏がどうこうは言えるもんじゃないんで。でも、聞いてて嫌な感じはありませんでしたのでね。いい演奏ではあったのだと思います。
2025年03月15日
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別に、そういうブログじゃないんで、いつもこういうのは書かないんですが。さっきシチュー煮込み始めたら、1時間半掛かる、ってレシピが言うので、暇になってしまった...... 東日本大震災から14年、だそうです。あの日は仕事場にいた時に地震が起きて、被害は何もなかったけれど、車通勤だったのだけれど大渋滞になって夜中まで掛かって帰ったのでしたっけ。今でもよく覚えてるけれど、あれは金曜日で、次の日の土曜日は新日フィルの定期公演だったのだけど、翌日、つまり当日朝になって中止の発表があったのでした。ダニエル・ハーディングで、マーラーの5番だったのだけれど。 昨日の夜、NHKで、この公演の話が放送されました。当時から結構話題になっていたのですが、新日の定期は今もそうだけれど2日連続でやるので、この2011年の3/12の土曜日の公演は二日目で、その前日の金曜日、つまり3/11の夜に、演奏会やってたんですね。100人余りくらいしかいなかったと聞いているけれど。 その話を感想戦という番組仕立てで放送していたのでした。今ならまだ見逃し配信で見られるのかな。 https://www.nhk.jp/p/ts/EJZ4WJP433/ まぁ、こちらとしては、次の日がなくなっちゃったんで、なんともいえないんですけどね。 それを観て思い出したのが、3/13の日曜日に聞いた、チェコ・フィルの公演。 私にとってはこれが震災直後に聞いた公演。このあとは、2週間後まで殆ど演奏会もなくなりましたし。この3/13の頃は、まだ原発もどれほど危ないのか、よく分かっていなかった頃で、この後チェコ・フィルは危険だということで帰国してしまったのですが、しかし、この演奏会は、よく覚えてます。まだ地震の記憶も新しく、原発事故であまり街に人が出て来ていない、不思議な日曜日。会場も半分も居なかった。でも、前半のチャイコフスキーと、特に後半の「新世界」は、金曜日から土曜日に掛けてのささくれだった気持ちを鎮静させてくれた。そういう聞き方は好きじゃないんですけどね。でも、そうなってしまったのは事実。あれがあったから個人的にはその後を乗り切れた気がするし。 そういうものって、やっぱりあるんですよね。誰しも。 まぁ、久しぶりにそんなことを思い出しました。
2025年03月11日
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オーチャードホール 15:00〜 3階正面 ストラヴィンスキー:バレエ音楽「ペトルーシュカ」(1947年版) ウェーバー:歌劇「オベロン」序曲 ヒンデミット:ウェーバーの主題による交響的変容 ピアノ:高木竜馬 (ペトルーシュカ) 東京フィルハーモニー交響楽団 指揮:ケンショウ・ワタナベ なんか知らんけど、いつも閑古鳥が鳴いてるこのブログで、昨日一日で1600くらいのアクセスがあったそうな。いや、楽天ブログの場合ブログ主はどのページがアクセスされてるか分かるんですけど、なんか昔の記事を総ナメされてるみたいで。なんか気持ち悪いな、って、まぁ、それが嫌なら公開しなきゃいいだけの話なので、ぐだぐだ言う方が悪いっちゃ悪いんですが。昔言ってたことと違うじゃないか、とか言われてもしょうがないしね。なにしろ生身の人間がやってるんだしさ。 閑話休題。つか本題です。 東フィルの定期、去年の10月と11月も聞いてるし、2月も聞いてるんだけど、ま、その辺はおいおい書くなら書くってことで、今月の定期はバッティストーニ回!だったのですが..... バッティストーニが肩の脱臼が治らないとかで、キャンセルになってしまいました。 https://www.tpo.or.jp/information/detail-20250304-01.php 代役はケンショウ・ワタナベ。うん。名前は聞いてる。2019年11月に定期に出てるそうですが、多分この頃個人的に騒々しくて聞いてなかったんじゃなかろうかと。あちこちでやってる人でもあり、まだ40前らしいので指揮者としては若手でしょう。前途有望。楽しみな人。でも、なぁ.........こっちはさ、昨今はバッティストーニ聞きたさが定期会員継続理由の半分か3分の2といった勢いなのですよ。年2回のバッティストーニ回が1回キャンセルだと、定期会員やってる理由の3分の1が吹っ飛ぶという..... いや、代役に罪はないんだけれどもさ。週の初めに代役になりますという連絡が来てからというもの、もうがっかり感だけで生きてきたこの1週間。(<流石に大袈裟)こんな調子だし、昨日の夜は雪だったし、朝起きたら疲れ気味だし、もう行くのやめちゃおうかなとも思ったのですが、天気は昨日から打って変わって暖かく晴れてるし、ご飯食べたらまぁ折角だからと行ってみたのでした。 で、どうだったか? うーん。 ペトルーシュカ。私、ストラヴィンスキーのバレエ曲の中では、この曲が一番好みかも知れません。あとはというと火の鳥と春の祭典との比較になるのですが、ペトルーシュカが一番泥臭い感じがして、なんというか、腹落ちするんですよね。音楽として。火の鳥の方がある意味親しみやすいし、インパクトが強いのは春の祭典かなとは思いますが、なぜかペトルーシュカ。ピアノ曲としての3つの断章のイメージが強いのかも知れません。 で、この演奏。掛け値無しに、いい演奏だったと思います。泥臭いと書きましたが、市場の場面とか、もうびっくり箱のようにいろんな要素が押し込まれている感じの曲なので、どうしてもとっ散らかった感じになるのですよね。まぁ、それって、ストラヴィンスキーの多くの曲がそんな感じではあるのだけれど、特にペトルーシュカはそれが強いかなと。で、この演奏はと言うと、非常にクリアな演奏だったと思います。整理されて、言ってみれば市場の場面での解像度が高い。よく演奏の解像度が高い、というような言い方をしますが、この場合は言ってみれば情景がよりくっきり浮かぶ、というような意味での解像度の高さ。技術的な話でなくてそれが音楽としてよく見える。割合に混沌とした音楽なのだけれど、見通しが効いた演奏。明晰と言っていいと思います。急遽代役で振ったにしては、指揮者もオーケストラもよく練り上げたと思います。 後半はウェーバー・プロ、なんですかね。こちらはやはりヒンデミットが聞き物だったのでしょう。ただ、個人的には、あまり得手の曲ではないので、ちょっとなんとも言えませんが....技術的にはよく出来ていたのだと思います。 まぁ、正直、期待せずに行ったのもあって、結構良かったと思います。 でも.......聞きたかったのは、やっぱりバッティストーニだったんだよね.........うん...........これはこれで良かったんですよ。でも............... 9月に期待しようっと.......
2025年03月10日
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新国立劇場 14:00〜 4階右側 カルメン:サマンサ・ハンキー ドン・ホセ:アタラ・アヤン エスカミーリョ:ルーカス・ゴリンスキー ミカエラ:伊藤晴 新国立劇場合唱団 TOKYO FM少年合唱団 東京交響楽団 指揮:ガエターノ・デスピノーザ 演出:アレックス・オリエ 久々の新国立劇場です。 かなり書いたのですが、またしても楽天ブログのシステムが記事すっ飛ばしてくれたので、主に悪口だけ集中して。 演出。一言で言って凡庸です。これを「ゲンダイ演出」と思ってる人は、当の本人含め、もうオペラ見たりやったりしない方がいいと思います。 簡単に言えば、何も新しいことはしていない。単に舞台を変えて、有名な歌手なの?私知らんけど。エイミー・ワインハウスって人らしいですが、その人に仮借することで、より現代的で身近に感じられ、共感しやすくなるんだとか。そりゃあんただけだよ。世界に15人くらいはそういう人いるかも知れないけれど、殆どいないよ。 カルメンの現代性なんて30 年以上前からわかってることです。ぐだぐだ言わないでも、バルツァのおかげで、我々はカルメンを「男を誑かす魔性の女」で、「魔性の女に魅入られた男の悲劇」ではなく、「自由に生きることを求めた女性の悲劇」という視点で見ているのです。この演出はそこから何も変わっていない。むしろ無駄に引っ掻き回すことで、見えにくくすらなっている。 凡庸というのはその点です。何も新しいことはないというだけでなく、引っ掻き回すことで、本質を捉えにくくしてしまっている。現代に引きつければなんでもわかるというものではないのです。 新国のカルメンは、これ以前は、鵜山仁のもので10年くらいやっていました。あれは、言わせれば、あれこそ凡庸だと言われるんでしょうね。確かに、あの演出は、それっぽい、スペインっぽくて19世紀っぽいもので、ストーリーも忠実で、そこだけ見れば何も新しいことはない。けれど、あの演出は、カルメンの悲劇も、ドン・ホセの悲劇も、愚直に表現出来ていた。今回の演出は結局そういう意味では表現として失敗している。 失礼な言い方で申し訳ないのだけれど、アルチザンという言い方があります。芸術家としてのアーティストに対する、職人といった意味での言葉。鵜山仁の演出は、アルチザンの作品だったと思います。ある意味アーティスティックではないと言われるでしょう。けれども、あの演出は、カルメンという作品の本質をきちんと描き出したという意味で、つまり、芸術作品の本質を表出したという意味では、今回の演出、言ってみればアーティスト気取りの産物なんかより遥かに芸術に寄与しているのだと思います。 古典舞台芸術の世界に於いては、アルチザンであることこそが最もアーティスティックであるのかも知れません。 この演出はさっさとお蔵入りさせて、鵜山演出を復活させることを強く勧めます。 一応申し添えますが、私は「ゲンダイ演出」に批判的なのではないつもりです。ただ、「ゲンダイ的」だからいい、とはこれっぽっちも思っていなくて、つまらないものはつまらないんだ、くだらないものはくだらないんだ、と思っているだけです。 エイミー・ワインハウスでしたっけ?そういう実在の人に仮託するのも、安直で卑怯だよな、と思います。要するに悲劇を描く上でアイディアを借りただけでしょ?それじゃダメなんだって。何かに仮託するのはリスキーなんですよ。結局仮託した相手にも、作品そのものにも、往々にして失礼になってしまうから。 これに近い手法で成功している事例を、私は殆ど知りません。唯一、ちょっと毛色が違うけれど、以前藤原歌劇団が出した「ボエーム」の舞台で、佐伯祐三の絵をオマージュしたような舞台を出したことがあって、あれは上手くいっていたと思います。誰だったか忘れたけれど。佐伯祐三という人については調べて貰えばいいと思いますが、この人もそこそこ悲劇的な人であったけれど、その時の演出が上手くいっていたのは、佐伯祐三の悲劇に安易に寄り掛かるのではなく、あくまで舞台上の引用に留めて、舞台のリアリティを出すことに終始したから、というところだったかなと。ま、いいんですけどね。 内容的には、歌手は、ドン・ホセはまぁ一応声はあったかな、という程度。あとは特筆する内容ではなかったなと。演出的に言うと、2幕とか、舞台奥で歌わせたので尚更聞こえてこなかったかなと。1階だともっと聞こえてたのかも知れませんが、多分そんなことはないなと。例によってぶらぼおおおおおが掛かったりしてましたが、全然わからない.......唯一声はあった、のドン・ホセも、3幕1場だったか、大抵皆上げるところをフラットにいってしまったりとかね。いや、確か上げるのは慣習で、上げなくてもいいところではあると思うけれど、残念ではあるよね。 少年合唱団には、まぁ、罪はない。よくできました。 この日はまぁ敢えて褒めるならデスピノーザですかね。よくやってたと思いますよ。ただ、微妙にテンポが揺れたりとか、ちょっと怪しいところはあったけれど。一部「あれ?こうだっけ?」というような箇所もあり。あれは多分セリフとレチタティーボの、違う版を取り混ぜた結果なのかな。 蝶々夫人はあまり好きじゃないので行かない。セビリヤは行きたいのだけれど、この頃色々ありそうで、買わなかったので、今シーズンはこれで終わりかな。ちょっとなぁ、ですけどね。
2025年03月09日
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ま、一応書いておかないとね....みたいなノリなのですが。 前にも書きましたけど、なにしろ過去一気の乗らないLFJなのですよね。まぁそれでも取りにはいったのですが....... まず、オフィシャルの先行抽選。全滅です。そりゃねぇ、例年よりはかなり絞ったには絞ったし、例によって小ホール公演ばかりではあったんですが、それにしても、全滅ってのはこれまでなかった... で、正直、ちょっと呆れました。この内容でこんなに取れないのか、と<他人のこと言えた義理か 実のところ、今回も、公式の販売サイトの先行抽選と先行先着の間に、チケットぴあとして、ぴあカード限定の先行抽選がありました。公式と違って結構手数料取るんですけどね。で、こんなに取れないのなら、と思って、そっちでいくらか申し込んでみたのですが.....これが結構取れる。 で、先週土曜日の先行先着。これは、公式とぴあとそれぞれあります。これ実は別扱いなのでそれぞれチケットの割り当てあるにはあるんですが.... 公式は小ホール公演はほぼワンチャンのみ。2公演目はほぼ取れない。朝イチや最終公演はまだしもだったみたいですが、事実上小ホールは1つは取れるけど、に近い状態。ところが、手数料のかかるぴあの方だとまだしも取れた。30分後くらいでも、昼間のG409の公演がまだ残ってたくらい。 ことここに至って、私としては金に物を言わせる策に出たわけです、今回は。 まぁ、その甲斐あって、結構取りましたが......しかし、色々考えるところはありました。 まず、恐らく総じて言えば、人気は落ちてるんでしょうね。小ホールの取れなさ加減、と言っても、手数料の掛かるぴあの方では頑張らない、というのは、つまり、そこまで出す気はない、ということでしょう。いい悪いでなく、そういうもの、というのが現状。ついでに言えば、かつてあったB5やB7の公演がもうないわけですよ。その意味で明らかに「そこまでして行かない」という状況なのでしょう。 これはコロナ以降のスタイルなのでしょうけれど、しかし、ねぇ。 それと、チケット代の高さ。今回は事実上1公演3千円が標準ってところです。かつては1公演千円が標準だったわけで、20年で3倍になったわけです。「それでもクラシックのコンサートとしては安い」と言われる方もおられるかも知れませんが、以前の「気軽に聞きに来られる」というコンセプトからはかなり遠ざかってしまったと言っていいと思います。お祭り感も後退して、内輪受けのイベントになってしまっているのかなと。 内容的には、散々言ってますが、少なくとも私としてはそれほどじゃない。実際、買った公演の多くがジャズだったりするわけで、まぁ、いいんだけどね。でも、これでいいのかねぇ。 こういう演目だからにせよ、ローザンヌも、ヴァルソヴィアも、そういうのが全然来ないLFJになってしまった。なんか悲しいからナントの方のラインナップはチェックしてないんですけどね。ただ、これだったらGWは弾丸欧州往復の方が楽しいかも知れんなぁ、とちょっと思ったり。 元々このブログはタイトルの通り、ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンのコンセプトに感銘を受けて勝手に始めたブログなのですが、往時の、なんというか、楽しい感じは随分後退してしまったなという感じは受けています。これしか知らない人には面白いんでしょうけれどもね。でも、ねぇ。なんか、縮小均衡傾向で、内輪イベント化して、しかも、それでいいじゃん、何がいけないの?みたいな感じが漂ってる気はするんですよね。 内容もだけど、なんか気乗りしないのには、そういうところもあります。 まぁ、行くんだけどさ。言うても結構買うには買ったし。付き合い続けるとは思うんですけどね。
2025年03月07日
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