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2025年03月22日
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 ​ https://www.nhk-book.co.jp/detail/000000887392025.html

 NHK出版の本で、「揺らぐ日本のクラシック 歴史から問う音楽ビジネスの未来」というタイトル。
 うん。知ってる。そういう話よく知ってる。広告にも「この30年ずっとクラシック音楽の危機が言われ続けている」って書いてました。うん。そしてそういう話ってクラシック音楽界隈大好きなんですよ。私も含めて。むしろこいつの大好物だろ、って言われそう。というか、このブログ始めたのもLFJが画期的だよな!と思って、始めたわけでね。それもなぁ...........

 で。買って読んだか?読んでません。買ってません。多分、いつか買いますけど。電子書籍でセールになるか、バーゲン本で半額で出てくるか、どっか急に出かけて読む物がない!って言った時に本屋で見掛けたとか、そういう時。だから読後感でもなんでもないし、批評でも賛同でもないんですよね、この記事は。まぁせいぜい読む前に言っておくかくらいのもの。無関係です。ただ、契機にはなったので。
 とはいえ、多分本の内容とは全然違う話を書きます。ついでに言うと、タイトルもまるで何も考えてません。せいぜいがこのくらいはもう叫ばれてるでしょくらいのもので。これもきっと陳腐な話です。

 昨日聞いた​ シフとカペラ・アンドレア・バルカ ​のツアーですが、日本に来るのは2度目で、これが最後なんだそうです。まぁ、そこに格別の感慨はないんだけれど、KAJIMOTOが作ったプログラムを見ると、今回のツアーは川崎、堺、京都で各1回、東京が2回、北京と香港も2回、大邱とソウルで各1回、なんだそうです。日本と中国や韓国、まぁ香港をどうカウントするかっていうのはありますが、まぁその間ではもう差は無いんでしょうね。昔、って言っても30年前とかそのくらいですが、その頃にはちょっと考えられない話ですが、国を背負ってきてるオーケストラなんかとはちょっと違うのでしょうが、これが本音なのでしょう。そういえば、更にその前、確か1988年頃に、スメタナ四重奏団が告別演奏ツアーをやりまして、私はギリギリ間に合ったくらいなのですが、その頃は日本中回って演奏してたんじゃなかったかな。今でも光藍社とかのだとそれに近いことやってるとは思いますが....ともあれ、その当時日本は出稼ぎ先、金になる国だった。勿論ただそれだけではなかったとは思いますが、まぁ、思いたい、としてもいいですが、ともあれその頃と比べれば日本はポジション落としてますよね。


 なんなんでしょうね。

 閑話休題。ここまではついでの話。

 この2週間ばかりで立て続けに日本、というか東京のオケを4つ聞いた訳です。1月には実はN響もみなとみらいで聞いている。それぞれ公演形式も楽曲も指揮者も場所も全然違うのでなんともなのですが、まぁ、やっぱり、概ねどれも同じような不満を持ってる訳です。読売日響のはちょっと別だけど、何しろヴォツェックなので、それ以前の話の部分もあるし。でも、目立たないだけで共通していることはあるなと思っていて。
 いつも言うのは、弦が金切り声を上げるのと、もう一つがちゃんと楽譜通り弾ききらない、鳴らしきらない、少なくともどこで聞いてもそう聞こえてしまう。
 いや、それだけならまだしもなんですが、昨日のカペラ・アンドレア・バルカみたいなのを聞くと、やっぱり「ああ...」と思ってしまうのですね。一番の違いは、やっぱり、ちゃんと鳴らし切るんですよ。抜いちゃわないんですよね。

 これもいつも言うことですが、日本のオケより、たとえば東欧圏の二線級の団体を聞く方が楽しい、というのは、実はこういうところで、ちゃんと演奏してるし、そのように聞こえるんですよね。上手い下手はいろいろあります、勿論。加えて言えば、近年クラシック音楽のレベルというのはやはり落ちていると思っていて、去年の年末にブダペスト行っていろいろ聞きましたが、お客もだけどあそこの団体も決してレベルが高いとはいえない。特に国立歌劇場とかかなりダウンしてるな、とは思いましたが、でも、こういう「ちゃんと鳴らす」というのはまだ維持されている。時々「あ、落ちた....」とかありますけどね。あ、ちなみに、ブダペストで一番上手いかな?と思ったのは、ブダペスト祝祭管弦楽団でした。まぁ、名曲集みたいなのだったんで、なんともいえないですが。
 それはともかく、どうしてそうなってしまうのか、というのを、いつも「ちゃんとやれ」「ちゃんと弾け」っていうのですが、あれ、手ぇ抜いてる気がないのかなと。つまり、元々そういうものだと思って、信じ切って、やってるんじゃないかしらん。

 上手い下手はあるんですよ。で、以前も書いていた覚えはあるけれど、なんならそういう来日公演系だと、日本のオケより下手だよね、というのはままある訳です。でも、そういうところでも、楽譜通りの音価を出さない、というところは、殆どない。公平に言って、日本のオケは技術的な意味では確かに上手いと思います。でも、技術以前の問題で、何故か音が抜けていく。
 それなりに日本人は概ね真面目なので、オケの楽員といえども、失敗しないように、とは思ってやってると思うんです。言い換えると、音が抜けるのは失敗じゃない、と認識されているのだろうと。多分、そういう教育を受けているんだと思うんですね。それが抜けない。で、多少海外で経験があっても、日本でやると、大多数がそうだから、結局同じところに落ち着く。基本のきの所で、楽譜通りの音価を出し続ける、ということよりも、多分、ですが、次の音を出す、出し続ける、というのが優先されてるのかな、と。仮にちゃんと出すことをやろうとしていても、少なくともそうは聞こえない。

 でも、実際聞くと、明らかに、海外のオケはそうではないんですよね。昨日のなんかもう明白で。で、それはそれだけのことじゃないんですよね。
 昨日のプログラムはオール・バッハで、つまりはバロック音楽なんですよね。で、そこで演奏されるのは、スタイルとしてはあくまで現代オケの延長線上と言っていいけれど、ちゃんと今時のバッハの演奏として聞こえるんですよね。で、抜けるところがない。それは緩徐楽章では顕著で、いわゆる「バロック音楽」然としたのではない、ちゃんと歌ってほしいところで、決してレガートの連続みたいなものではないにせよ、ちゃんと歌える。そこで決してぶつ切りにはならないんですよ。日本のオケだと、みんな大好きBCJなんかも含めて、ぶつ切りじゃないけど抜けちゃうか、「ピリオド奏法ってそういうものだ」とか言って切っちゃう。で、後者はともかく、前者は、特別なことしてないつもりなんじゃないですかね。普通にやってるだけ。普通が「鳴らしきらない」。



 でも、ちゃんと鳴らしてるのって、やっぱり聞いていて気持ちいいんですよね。充実してる。皆そういうの思わないのかしらね。そういうふうに日本のオケをつまらんと言ってる人はあまり見ないですね。音外したとかいうことはよく言われるけれど。

 あ、別にそれが「クラシック音楽の危機」に繋がってるという訳ではないと思います。ごく個人的な趣味の問題と言われても仕方ない。でも、なんだろうな、30年も叫ばれていてずっと叫ばれ続けてるのって、そもそも何か常識だ、普通だ、と思っていることに落とし穴があるんじゃないですかね。こういうことみたいに。よくわからないけど。





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最終更新日  2025年03月22日 13時06分34秒
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