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阿波紀行/明石海峡/一本釣りのふるさと



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阿波紀行/明石海峡と淡路みち
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旅のルート

【阿波紀行】 旅の時期 1988年

 大阪の小さな港・深日(ふけ)からフェリーに乗り込み、淡路島の洲本港に到着。車で淡路・阿波(あわ)をつなぐ大鳴門橋(おおなるときょう)をわたる途中、念願の鳴門のうず潮(しお)を眺めた。

土佐泊(とさどまり)へ行き紀貫之(きの・つらゆき)に思いをはせつつ、浦々を巡って堂浦へ。司馬さんは江戸時代に一本釣り漁法とテグスを広めた堂浦の漁師の功績を高く評価する。

 その後大麻比古(おおあさひこ)神社へ行き、ドイツ橋を見る。吉野川流域へ出ると、勝瑞(しょうずい)城跡、田中家住宅とたどり、なじみの料亭で阿波踊りも経験する。
 四国八十八所1番札所(ふだしょ)の霊山寺(りょうぜんじ)でお遍路(へんろ)さんや高群逸枝(たかむれ・いつえ)について考え、吉野川北岸を西へと進み、市場町ほかを通り過ぎて江戸期に栄えた脇町へ。

その後、池田を経て、平家の落人伝説の残る「秘境」祖谷(いや)へと足を進める。

【明石海峡と淡路みち】 旅の時期 1974年11月

 明石(あかし)に着いた司馬遼太郎は、魚ノ棚(うおのたな)商店街を歩いたのち、林崎(はやしざき)漁港を目指し、農民国家であった日本で、漁師はどういう位置にあったかを考察する。播淡(ばんたん)汽船で船上からの夕日に「西方浄土」を感じつつ、岩屋(いわや)に上陸。古代海人(あま)さながらの漁師との会話を楽しみ、石屋神社を訪れる。

 淡路(あわじ)島の国生み伝説と古代淡路の海人について考えた司馬さんは、洲本(すもと)では宮本常一(みやもと・つねいち)と堂浦(どうのうら)一本釣り漁師について思いをはせ、由良(ゆら)の漁協の組合長と語り合う。
 洲本城見学ののち、国分寺(こくぶんじ)、慶野松原(けいのまつばら)、郡家(ぐんけ)、伊弉諾(いなぎ)神社を巡り、松がマツクイムシにひどく荒らされている現状を嘆いた司馬さんは、背後にある土地投機問題を指摘し、日本の未来に警鐘を鳴らす。

旅のヒント

●阿波

 海も山も川もある阿波は、風景が美しく、食べ物や観光スポットも充実している。鳴門(なると)へは、眺めのいいスカイラインもあるので車で行きたい。うず潮を見るには1日2回チャンスがある。潮見表で時間をチェックしてから行こう。

 鳴門のタイ、土成(どなり)のたらいうどんなどを楽しみ、祖谷(いや)で温泉に浸かるのもいい。吉野川流域はJR徳島線が走っているので鉄道の旅も可能だ。また、柑橘類の産地で、すだちなどが安い値段で手に入るので、お土産にいい。

●明石海峡と淡路

 明石市魚ノ棚(うおのたな)商店街には水揚げしたばかりの明石ダコが並び、新鮮なタコを出す食堂もあるので立ち寄りたい。明石から淡路へは、司馬さんも利用した「播淡(ばんたん)汽船(明淡高速船)」か「たこフェリー」がおすすめ。淡路島には鉄道が走っていないので、車が必要だ。
 国生み神話の「オノゴロ島」といわれる沼(ぬ)島へは、土生(はぶ)港から1日1便出ている沼島汽船で10分。

2005年10月25日

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NO.41
阿波紀行 明石海峡と淡路みち 徳島県 兵庫県

一本釣りのふるさと

核心抄録
「技術があって、モノができてゆけば、たれに頭をさげる必要もない」

「街道」を読み解く(41)
藍一つで、日本の歴史が語れる/松本健一

ひと目でわかる
『街道をゆく』ルートマップ

阿波紀行 抄録1
「堂浦の一本釣りの技術は、遠く五島列島から対馬までつたわったという」

その歴史 

阿波藍と水運で栄えた城下町・徳島/根津寿夫

その民俗 

テグスと手釣り漁法が拓いた瀬戸内海の漁村/森本孝

阿波紀行 抄録2
「日本女性の振りのなかでもっとも色っぽいのではないか」

その文化

遊芸へと変化し続けた阿波踊り/三好昭一郎

コラム

「ジャパン・ブルー」を守る/佐藤昭人

明石海峡と淡路みち 抄録
「百姓どもがつくる国家など何するものぞという気概をもっていた」

その風土

古代の風吹く神宿る島、淡路島/谷川健一

リレー紀行(41) 夢枕獏がゆく「吉野川」
ぽつりぽつりとチヌを釣りながら

エッセイ
司馬さんの風景(41) 明石海峡往来に胸躍らせる/山野博史

街道の植物(14) シキミ/木原浩

連載 黒鉄ヒロシの「街道」名場面(41)
高群逸枝の巡礼ロマンス

街道小事典


「街道」アルバム


根っからの取材者

旅情報


街道を旅するために

司馬さんの参考文献(41)


『祖谷山日記』/内田忠賢

「街道」が描かれた時代

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【取材・編集後記】ここまで読んで頂いて、ありがとうございます。(YH)

阿波紀行 抄録1
「堂浦の一本釣りの技術は、遠く五島列島から対馬までつたわったという」

この資料は。香川県の瀬戸内歴史民俗館に展示されていて、見にいったことがある。
実際 鳴門市瀬戸町堂浦に そのつり道具やさんがのこっている。

江戸時代に釣り道具の開発で工夫がありました。それは、釣り針に付ける糸として、テングスをつくった。それも、中国から集荷用にくくってあった絹製のロープを一本ずつにばらし、透明になるように磨き3~20cmくらいのテングスとしてできあがった。
すると、釣り針につく糸が魚にとって見えにくくなり、よくつれたとのことです。
なお、鳴門海峡の急流での岩場での一本釣りを漁法をおせて周り、釣り具とともに瀬戸内海~北九州まで行商をして廻った。何隻もいたとのこと。

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