Привет с России

【我が友 Сергей の故郷 】




Михайловка

走行中の車の中から見るミハイラフカの郊外



ロシア沿海州・ウスリースクの先にある人口1万人ほどの小さな町ミハイラフカ。(日本語読みするとミハイロフカ)
Ю者の友人はここで生まれ育った。小学校高学年の時、扁桃腺が腫れて高熱が出て手術の為に長く入院していた為、当時学校で教えられていた英語の授業が遅れてしまった。だから彼は英語があまり読めないし、話せない。でも音楽や詩の才能があるので自分で作詞作曲した歌をギターを弾きながら時々披露してくれる。

もう4年ほど経つだろうか。
春、彼の母親が64歳で急死した。脳卒中だった。ウラジオストクに住んでいた彼は訃報を聞いて急いで実家へ戻った。葬儀の後、心臓を患っている老いた父親が彼にここに戻ってきて一緒に住んで欲しいと言った。実は彼には兄が一人いる。しかも父親のすぐ近くにおり、ある女性と同棲している。だがアルコール中毒なので当てにならない。それで父親は賢くて真面目な次男に相談したのだ。だが次男である彼は迷った。今住んでいるウラジオストクでやるべき事が沢山あって離れたくなかったからだ。

色々な事を考えながら彼は一旦そのウラジオストクへ戻った。だが2ヵ月後にまた故郷から知らせが入る。なんとあの父親(64歳)が後を追うようにして亡くなってしまったというのだ。彼は元々心臓が悪かったし、この頃段々と体の調子が悪くなってきていた。その上に辛く貧しい時期も共に耐え抜き長年連れ添ってきた愛する妻が亡くなったので、ショックが大きかったのだろう。(終戦後、あまりにも貧しくて食料も十分に無かったのでこの夫婦はジャガイモを生のままかじって飢えを凌いだと聞いている)

親が短期間に二人とも亡くなり、相当なダメージを受けたはずだ。
友人はその後、生きている間に両親に何もしてあげられなかったと言っては何度も自分を責めていた。そしてその事でとても苦しんでいた。
だからЮ者に対し、両親の事を大事にするようにと言ってくれた。
今、彼はどうしているのだろう・・・。



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Привет с России


Владивосток


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