Привет с России

【音の無い世界 その8】

【音の無い世界 その8】

蓮っ葉



私の手話の先生となったイワンは後日ある小冊子を持ってきた。それは日本語を学ぶ為の教材の様なもので、挨拶表現や物の名称など日本語で何と言うのかが記されていた。勿論ロシア文字で。これを用いて各単語を手話で何と表すか覚えればよいのではないか?というのがイワンの意見だった。それで毎回その小冊子をテキストとする。

イワンは辛抱強く、また丁寧に何でも教えてくれた。毎回のレッスンの始まりには必ず前回の復習として習った指文字や単語を私がきちんと再現できるかチェックし、それから新しい課題へと移った。テキストとして用いている小冊子の絵を指差して「これは?」と尋ねると、イワンが「これはこうだよ」と手話で表してくれる。またどうしてそうなるのか、分かる範囲で理由も教えてくれた。更に手話をする際の注意点も。健聴者の手話は時にオーバーアクションになりがちなので、会話したり通訳を見ている聾者達が驚いてしまうのだという。またその様な手話はとても見苦しい。指文字もそうだ。なるべく自分の胸の前辺りで小さく、かつはっきりと分かる仕方で示さなければならない。しかし人によっては腕を全面に出してとても大きな描き方をしたり、或いは胸から脇に逸れてあさっての方向で大きく指文字を表したりする。これもまた聾者達から見るととても不快で見辛いものなのだそうだ。いずれ私が手話通訳者になるであろうという事を念頭に置いて彼はこうした通訳の際に気をつけるべき点もチェックしながらレッスンを続けていってくれたのだった。

毎回のレッスン、量ははそれ程多くなかった。少しだけ単語を覚え、その後は実践形式でイワンと色々な会話をする方式を取っていた。会話の中でどうしてもコレが言いたい!!と思う言葉が必ずある。それを指文字で示したり、その言葉が載っている辞書を見せると、イワンはすぐに「それはこうやるんだよ」と示してくれたので、私はその度にノートに書き留めていった。そんな会話がその後の聾者達との関係に大いに役立っている。


その後イワンと相談し、更に通訳をする上で効果的なものをという事で小冊子を教材として用いる事にした。それは書き言葉と話し言葉というものが幾分異なる表現を用いるからであり、とりわけ文章化されたものの場合、同義語でも通常の会話ではあまり用いられない硬い表現がよく使われるからである。ニュースを聞くとその事がよくお分かり頂けると思う。この方法を用いる事によって自分自身の中での語彙が増え、また同義語をいかに相手にわかりやすく表現して微妙な違いを伝えるかについても良い訓練になったのではなかろうか。ただ単に「コレはあの単語と同じ表し方で良かったな」と考えてそのまま訳して伝えていてはある場合相手にとても分かり辛いものとなる。また語順についても通常の会話や文章と手話とでは少し異なる。だからその点を常に意識して聾者にとって分かりやすい仕方で伝えていかなければ、聾者はこちらの言う事を理解しようと努めるのだが、あまりに不明瞭であるとすぐに顔をしかめて関心を失ってしまう。自分があたかも同じ聾者であるかの様な、同じ立場になった感覚・視点で物事に取り組まなければ前進は無いと思われる。耳栓をして一日過ごせば何となくではあるが、彼らの状況を理解できるかもしれない。

イワンと接する仲でこの音の無い世界で生きる事について少しずつ色々な事が見えてきた。



○●○ 次回更新予定  『近所で出会う…』 ○●○






****************************

Привет с России


Владивосток


© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: