華の世界

華の世界

第三章

振り向けば夕暮れ

第三章:迷い

__ ダイナーの声は僕を現実に連れて戻った。「何を考えてるの?」
__ 「別に。過去のことだ」
__ 「過去?もう過ぎたから、考えてどうするの?」
__ 僕はため息をついた「思い出したくないが、思い出しちゃったんだ」
__ 「そうですね。同感ですわ。あのマフラーは?」
__ 「家にある。あれはとても貴重な記念品だから、忘れないよ」
__ 潮風が波止場から吹いてきた。
__ 僕は「今どこに住んでる?前と同じ?」と尋ねた。
__ 「うちに来たい?」
__ 僕は黙った。
__ 実は僕もこの質問の意味が分からない。ただ思い付いたたけだ。
__ 「あたし、引っ越しした。今は北岸だ。ここからフェリーに乗って、バスに乗り換えて、一時間ぐらい」
__ 「本当に北岸に行ったか?」
__ 「遊びに来ない?」
__ 「彼は・・・」僕は躊躇った。
__ 「来る?来ない?」ダイナーは少し眉をひそめた。
__ 「OK。どうせ暇だから」
__ 僕たちはフェリーに乗って、後ろに座っていた。
__ 「やっぱり後ろのほうが好きだ」ダイナーは言った。
__ 「もう慣れたから、直れない」
__ 「何年ぶりかしら?一緒にフェリーに乗って」
__ 「久しぶりだ」
__ ダイナーは海を見つめて「三年でしょう。そんなに長くないよ」
__ 「三年は長いんだ」
__ ダイナーは首を振った「三年は別に大したことないわ」
__ 僕は黙った。
__ 「あなたに会えるなら、三十年も長くないよ」
__ 「ダイナー、僕たち・・・」
__ 「何もしゃべらないで。あたし、あの感じを懐かしんでる」
__ 僕は黙然だった。
__ あの時、僕は彼女と一緒にフェリーに乗った。親密に。
__ でも、今は・・・
__ ダイナーの髪はいい匂いをしていた。あの時と同じだ。僕は酔っていた。
__ 突然、ダイナーの頭は僕の肩に近付いた。
__ 僕は彼女を少し離れたかった。でも、彼女はすぐ「動かないで」と言った。
__ 僕はこの一刻を享受していた。
__ 懐かしい感覚だ。
__ もうとっくに忘れていた思い出が、心の底からゆっくり上がってきた。
__ 僕は思い出の中に落ちた。これは過去と現在の網だ。
__ これはすべて夢だ。三年前、全部終わっちゃったから。でも、真実のようだ。
__ フェリーの笛が聞こえた。もうすぐ北岸に到着する。
__ ダイナーはきちんと座った。「あたしに従って」
__ 僕は黙って、彼女に従った。
__ 十五分ぐらい、バスは彼女の家に着いた。
__ 「車、持ってない?」
__ 「持っているよ。でも、中華街では駐車の所が少ないから、バスのほうがいい」
__ ダイナーの家は白い色をしている。
__ 「誰もいない?」
__ ダイナーは首を振った「あたし一人だけ」
__ 僕は「彼はどこだ」と聞きたかったが、ダイナーはもう僕の心を読んだみたいに、「入って」と言った。
__ 普通のオーストラリア式の家だ。キッチンとリビングは一緒に、廊下の両側は部屋だ。
__ 僕はソファーに座った。
__ ダイナーは「何を飲む?」と聞いた。
__ 「コーヒー」
__ 「相変わらず、一日中コーヒーばかり」
__ 「慣れたから」
__ 「ミルク少量、砂糖二つ、でしょう?」
__ 「当たり」
__ ダイナーはコーヒーをくれた。僕は一口啜った「懐かしい味」
__ 「悪くないでしょう」
__ 僕は彼女の家を見回した。
__ 壁にたくさんの絵が掛けてあるが、写真はない。
__ 「ここは、二人の家でしょう?」
__ ダイナーは頷いた。
__ 僕はコーヒーを飲んでいる。
__ ダイナーは「見学しない?」
__ 僕はカップを置いた。
__ ダイナーはあるドアを開けた「ここは書斎です」
__ 「小説が多いね」
__ 「あなたのおかげで」
__ 僕は見慣れた本を発見した「これ・・・」
__ 「あなたの本ですよ」
__ 「まだ持っているか」
__ 「あなたの言うとおり、とても貴重な記念品だもん」
__ 僕はパソコンを指して「新しいね」
__ 「二ヶ月前買ったばかり」
__ 書斎を出て、僕はほかのドアを指して「そこは何?」
__ ダイナーはドアを開けた「トイレ」
__ 「こっちは?」
__ 「入れば分かる」
__ 僕はドアを開けた。寝室だ。
__ ダイナーはベッドに座った。
__ 僕は彼女を見つめて「僕のコーヒーはまだ残ってる」
__ ダイナーは僕のそばに来て、僕の手を握って「座って」
__ 彼女の顔を見て、僕は迷っている。
__ 僕たちは一緒にベッドに座っていた。ダイナーはずっと僕の手を握っていた。
__ とても近い。彼女の香りとベッドの匂いが混ぜていた。この感覚は僕を酔わした。
__ 「やめろ」僕は言った。
__ 「あの夜、覚えてる?」
__ あれは悲しくて、忘れられない夜だった。
__ 僕は首を頷いた「一生忘れない」
__ 「あたしも」
__ 僕の理知は「やめろ」と叫んでいたが、僕の手は彼女の肩に置いた。
__ 唇が重なっていた。
__ ダイナーはオーバーコートを脱いだ。いいボディースタイルが見える。
__ 僕はこれから何が起るかちゃんと分かっている。でも、止められない。
__ ダイナーはセーターとジーパンを脱いだ。僕の息を奪う体は、ほとんど僕の目の前に現れた。
__ 僕はぼっとした。
__ ダイナーはベッドに座って「寒い」
__ 僕は前へ一歩踏み出した。
__ 「抱きしめて」
__ 僕の心は戦っている。
__ ダイナーは「あたしの身分を忘れて」
__ 僕はため息をついた。
__ ダイナーの声が小さくて「あの感じをもう一度感じたい。お願い」
__ 僕は諦めた。彼女の体を抱きしめた。
__ 時間は過去に戻ったみたいだ。あの夜に戻ったみたいだ。
__ ダイナーの目は閉じている。涙が見えた。でも、微笑みも見えた。
__ 僕はもう何もかも忘れた。今、彼女の体が全てだ。
__ 思い出はもう一度目の前に浮んできた。


(第三章・了) (第四章へ)


© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: