本を読めば『道は開ける』

本を読めば『道は開ける』

習作文章  スコール



昨日は夜に新宿に出かけたのだが
雨は、まだ降る気配はなかった。

しかし

「これは必ず降る!」

という直感が私に舞い降り、急遽帰ることにしたのであった。

だが、時遅く、

電車に乗っている時にぱらぱらと振り出した雨は
中野駅で下車した時には本降りとなっていた。

風と雷も伴って・・・。

それはまるで、風神、雷神がこの地へ舞い降りたかのような
激しさであった。

私は

「運慶は、仁王を彫っているのではなく、
木の中に隠れている仁王を掘り出している」

という夏目漱石の「夢十夜」の一節を思い出した。

多くの人が突然の大雨で、駅の改札前に立ち往生する
しかなかった。

私も傘を持っていなかったので雨宿りしていたが、

雨量が半端ではなく、マンホールの蓋からは、水が噴出する
という逆流状態に陥ってしまっていたのだった。

まるで「日本の湧水百選」を彷彿させるかのような
噴出の様であった。

都会という人智による建造物と、大自然のきまぐれの
コラボレートよって引き起こされた水芸を、
足止めされた人々は息を呑んで見守るしかなかった。

そしてそのうち

駅前中野通りは膝下までも水がつかり、濁流も流れ出し
まさに「川」と呼んでふさわしいものへと変貌したのだ。

突如、真夏の都会に出現したワジ(端無し川)。
移動する湖・ノプノール湖も真っ青であった。

帝都に突如として出現した濁流。

あたりは

陰陽師の手によって結界をはられ、術をしかけれ
蟲を放たれたかの如かくの妖相を示すこととなった。

風水都市江戸。
四神相応。

天海がしかけた江戸築城時の魔術が400年の時を経て
蘇ったかのようだった。

しかし、そんな異相とはうらはらに

「中野通り川」の水の流れっぷりは、どこぞの一級河川と
比較しても恥ずかしくないほどの見事な流れっぷりであった。

そんな中、工事に使われる円錐のパイロンが、
中野通り川を悠々と流れっていった。

人々は、「おー・・・」と感嘆しながらその光景を
見守り、「盛者必衰の理」という言葉を誰ともなく
口にした。

「ゆく川の流れ絶えず、しかし元の水にあらず」

そんな「朝に生き、夕べに死す」ともいえるような
光景をここ数年見たことがあっただろうか。

しかし、夏の季節の風物詩ともいえるスコールの悲しさか、
永続的に雨を降らすという力を持ち得ないために

雨量も段々少なくっていき、「中野通り川」も一瞬にして
干上がっていった。

干上がる瞬間、ティンカーベル(別名パック)と名づけられた
妖精が天に帰る光景を幾人の人が気がついただろうか。

まさに 真夏の夜の夢 

猛きものもついに滅ぶ。ひとえに風の前の塵に同じ
一瞬の栄華も夢幻なり。

そこに居合わせた人々は今までのことを振り返り、
壇ノ浦で滅びた平氏と重ね合わせた者も少なく
なかった。

やがて雨もやみ、雨宿りの人々は、まるで何事もなかったか
のように三々五々家路につき、日常へと回帰していったのであった。

2005年08月17日 12時54分36秒

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