cocoa 88

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2020年01月10日
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既にご存知の方がいるかと思いますが、脚本家の上原正三(うえはら しょうぞう)さんが2日にお亡くなりになっていた事がわかりました。


自分は昨朝、更新した後に知りました。
昨夕知ったという方もいてその後、上原さんの事をブログやTwitterで取り上げた方もいるみたいですが自分は昨朝更新した直後だったため今日取り上げる事にしました。

上原正三さんは沖縄県出身で中央大学卒業後、円谷プロ入社。
沖縄の返還は1972年(昭和47)なので、アメリカが統治していた時に上京されたようです。
1964年(昭和39)、沖縄のローカル番組のドラマで脚本デビュー。
円谷プロ製作のウルトラQ第21話で全国区のテレビ脚本家としてデビュー。
*ウルトラQは1966年(昭和41)1月から6月にTBS系で放送*

1969年(昭和44)、金城哲夫さんが円谷プロを退社して沖縄に帰郷すると同時に自身も円谷プロを退社してフリーに。
フリーになってまもなく、東映から声がかかり仮面ライダーの企画書作りに参画。
放送枠が決まり、上原さんが第1話を書く事がほぼ決まっていたところに円谷プロからウルトラマンを作る話がきて参画していた市川森一(いちかわ しんいち)さんと共に仮面ライダーから下りて帰ってきたウルトラマンの脚本を担当。
*仮面ライダー:1971年(昭和46)4月から1973年(昭和48)2月まで放送。
第1話は企画会議に上原さんと一緒に参画していた伊上勝(いがみ まさる)さんが担当しました。
帰ってきたウルトラマン:1971年4月から1972年3月まで放送*
上原さんはいわゆる第二期ウルトラマンシリーズをウルトラマンタロウの初期まで担当し、東映・ピープロ・日本現代企画といった他社の作品を中心に活動し併せて特撮だけでなく東映動画(現 東映アニメーション)制作の作品にも脚本を。
脚本だけでなくピープロの電人ザボーガー(1974年)・日本現代企画の少年探偵団(1975年)・東映の宇宙刑事シリーズ(1982年―1984年)ではオープニング・エンディング・挿入歌の歌詞を担当。
下記の動画は少年探偵団のオープニングです。
仮面ライダーは1987年の仮面ライダーBLACKの初期と翌年の仮面ライダーBLACK劇場版・同じく劇場用の仮面ライダーJ(1994年)の脚本を担当。

平成に入って円谷プロ関係では平成ウルトラマンシリーズのウルトラティガ(1996年)・ウルトラマンダイナ(1997年)・ウルトラマンマックス(2005年)とウルトラQ darkfantasy(2004年)の脚本を担当しました。



同作は2018年に第33回坪田譲治文学賞を受賞。
出版した現代書館では2009年(平成21)に担当した1000本を超える脚本から50本を厳選したシナリオ集を刊行しました。

お亡くなりになる8日前には朝日新聞の首里城火災に関するインタビューにも対応しているので、急死だったようです。

動画・画像はネットから借用しました。





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最終更新日  2020年01月10日 07時40分05秒
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