僕が薬膳調理師になったわけ
自分は若い時とても辛くて、とても悲惨な出来事がありました。
でも、あんな事があったから今の自分があると思っています。
今、国際薬膳調理師になってお客様に体に良い料理をおすすめしているのは、食べ物で体の健康をそして心の健康を崩してほしくない。そんな願いがあるからなのです。
それは自分が１９歳、中華街に修行へ出て２年目の５月の時の事でした・・・。
ゴールデンウイークが終わり忙しさが一段落着いた次の週の日曜日、偶然にも母の日のことです。
先輩の結婚式があるため、休みをもらい静岡に帰っていました。実家に着く途中結婚する先輩の家によったところ先輩の母親にこんな事を言われました。
「最近あなたのお母さんは変な事ばかり言ってるよ。病気で気が滅入っているのかしらねぇ」
なんの事かさっぱり分らず聞きなおすと
『「私はもうダメだわ、早く死にたいよ」っていつもいつも言ってるのよ』
自分が小学生の頃から糖尿病になり、長い闘病生活をしていましたが自分が静岡にいた頃は肝っ玉母さんと言われるほど元気がよく、そんな話を聞いても信用できませんでした。
でも、今日は偶然にも母の日。帰りの途中で生まれて初めて母の日のプレゼントに花束を買い実家に戻りました。父親に会うと
「お母さんが少しおかしくなって『死にたい、死にたい』って言って困ってるんだ。お前、早くその花束渡して元気付けてやってくれないか」
と言われ早速、母のいる部屋に行くと
「元気でやっているかい？会社に迷惑はかけてないかい。珍しく花束なんて持ってどうしたの、母の日のプレゼントなんて貴方らしくないじゃない。修業頑張りなさいよ！」
と普段のままの母親、いや今までよりも元気なくらいの姿を見て
（なんだ、全然元気じゃないか）
と思い安心してその日は先輩の結婚式に参加してそのまま横浜に帰りました。まさかこれが元気な母親を見た最後の姿になるとは・・・。
翌日会社の社長に報告に行きました。「大丈夫だと思いますが母親の具合がすぐれません。もしかしたら実家に戻らなくてはならないかもしれません。」と
それから一ヶ月ほどたったある日の事です。仕事が終わってから遊びに出かけて夢中になり、帰ってきたのは朝方５時。早く寝ないと、と思いながらもなかなか寝付けません。そのまま時間が経ちふと気づくと７時を回っていました。
その時「ジリリリーン」
と一本の電話がかかってきました。受話器をとると
「もしもし、俺だけど」
兄からの電話でした。異父兄弟のため、めったに連絡の来ない兄からの電話。それだけでなにか良くない事が起きたと直感しました。
「お母さんがいなくなった。今から急いで帰って来てくれ。」
すぐに電話を切り、バイクに乗り雨の中の東名高速を飛ばして静岡に帰りました。その時、なぜか目からこぼれ落ちる涙が止まりませんでした・・・。
実家に着くと近所の知り合いや近くの親戚が集まっています。家に入ると父親が近くにきて
「実はお母さんは先月お前が帰って来た一週間後から入院していたんだ。お前の修行の妨げになると困るからお前には黙ってたんだけど。そして昨日、外泊で家に帰ってきていてずっとブツブツと『このまま入院していたらお父さんにも迷惑が掛かるし友（自分のこと）も横浜から帰ってこなくちゃならなくなるから私は死んだ方がいいねぇ』って言ってて、ふと目を離したらお父さん用の喪服とお母さん名義の通帳の預金を下ろした現金、そして葬式に使ってくださいとばかりに自分の元気な頃の写真を揃えて置いてあってそのまま行方不明になったんだ。」
その話を聞いた瞬間、母はもうこの世にはいないなと直感しました。人に迷惑をかけるのが大嫌いだった母親がここまでして出て行ったのであれば揺ぎ無い決心のもとでの行動だろうと・・・。
しかしまだ何処かで決断を鈍っているかもしれない、何よりこのまま家で待っていても仕方が無いので親戚、知り合い、近所の方々とそれから三日三晩寝ずに探し回りました。可能性のある場所、思い当たる場所などいたるところを探しました。最後には占い師や祈祷師に占ってもらい探しましたが見つかりませんでした。
いつも強気な父親もさすがに疲れ果てていましたが
「生きていようが死んでいようがお母さんが戻って来るまでは俺は店を開かないで探し続ける」
と涙ながらに自分に語りかけていました。
翌日、近所の幼馴染の計らいで自分は一旦横浜に着替えを取りに帰ることになり、車を運転してもらい横浜の部屋から着替えを持って実家に帰ってきました。遠くから実家の玄関に何か飾ってあるものが見えました。だんだん近づいて見ると『忌』の文字でした。込み上げて来る感情を抑えながら幼馴染に
「あれはお母さんが見つかったって意味だよね？」
と静かに問いかけましたが幼馴染は目に涙を浮かべながら下を向き黙ってしまいました。家に入るとすでに親戚一同が集まっていました。心配そうな目でみんなが自分の事を見つめていました。父親のそばに行き一言
「何処で見つかったの？」
とだけ聞くと
「裏の海からだよ。」
その言葉を聴いた瞬間に自分は海の方に向かっていました。そして朝方近くまで一人で海を眺めていました・・・。
海を眺めながら気持ちを落ち着け、現実を受け止め、心の整理をつけてから家に戻りました。もうみんな御通夜の準備に取り掛かっていました。葬儀屋さんも来ていて準備もほぼ整った時に、死に化粧屋さんが父親の所に来てこう言いました。
「すいませんが・・・最善の手を尽くしましたが・・・お焼香に来る方々にはお顔を拝見していただくのは遠慮して頂いた方がよろしいかと思います。」
父親も
「はい」
とだけ答え、帰っていただきました。
すぐに自分と兄が父親に呼ばれ
「棺桶にふたをするからお母さんの最後の姿を見てあげなさい。」
と言われ母親の姿を見ました。
この瞬間の事は今でもこの目に焼きついています
三日三晩、海の中をさまよって見るも無残な姿に変わり果てた母親の遺体を見た瞬間
（お母さん、貴方は生前の最後に病気で苦しんでいたにも関わらずあんなに毅然とした母親の姿を見せてくれたのに、最後の最後にこんなにも惨めで悲惨な姿を子供達に見せて天国に行かれるのですか。）
と母親に語りかけました。
そして次の瞬間こう思いました。（ああ、僕はこれからの人生の中で今、この瞬間以上に辛い思いをすることは決して無いだろう。僕はどんなに辛い事があってもこの瞬間のことを思い出し、必ず耐え抜いて生きてみせる）・・・と。
それからお葬式が終わるまで自分にはあまり記憶がありません。ただ、お葬式最後の家族代表の挨拶で父と父の兄が
「ご迷惑をお掛けして申し訳ございませんでした。」
と何度も何度もお集まりの方々に頭を下げていたのがとても惨めに感じたのだけは覚えています。
お葬式が終わり一番の親友が心配そうに寄って来て
「実はお前の母さんこの前俺の家に来てたんで家まで送って行ったんだけどその時にこんな事言ってたよ『私はもう、どうせ長いことは生きられないよ。死ぬのは怖くないけど・・・だだひとつ心残りなのはあの子が一人前になって作る美味しい料理を食べられずに死んでいく事だけだよ・・・。』って」
この時に（もう、お母さんに僕が作った料理を食べてもらうことは出来ないけど、自分の命を絶ってまで修行を続けさせようとしたお母さんが天国で誇りに思えるような立派な料理人になろう。）と自分は心に誓いました。
そしてそれを聞いていた父親がこう言いました。
「もう、お前はこんな小さな店を継ぐことは考えなくてもいい。自分のやりたい事を頑張ってやりなさい」と。
自分の母親は人として決して良い死に方ではないでしょう。人に自慢できる話でもないことは分かっています。でも十九歳の自分に母親の強さ、人間の弱さを教えてくれて、そしてどんな事にも負けない精神力を授けてくれた母親に感謝しております。
あれから１５年、菜香グループの中では最年少で料理長になり、資格もいろいろと取りましたけどまだまだあの日に誓ったような料理人にはなれていません。母親に食べてもらうことの出来なかった僕の料理。その思いを今はお客様に作る料理に込めて、日々精進して行きたいと思います。
僕の薬膳料理。
それは皆様の健康を願いつつ、天国の母親にささげる真心の薬膳料理なのです。
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