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山ちゃん5963
四十一、新婚時代
昭和五十二年冬、ワシと恵理子の二人は島根県松江市浜乃木町浜乃木ビル五階五〇三号室にて師走(しわす)を楽しくまたおもしろおかしく過ごしたもんじゃよ。新婚生活とはなかなか新鮮でおつなものであったのう。人生で二番目に楽しい時期だった。一番目は小学中学時代だ。さて、その年の大晦日は兵庫県の山口家にて迎えたのだわい。マツダファミリアに乗って実家に帰ったのだ。運転したのは恵理子だったよ。その夜は日本国中大晦日、こりゃ当たり前だが、ワシ等は、親子でNHK紅白歌合戦を見た。もう丹波山口家のテレビは、確かすでにカラーテレビになっていた。大崎仏現寺の除夜の鐘。坊主が百八つの除夜の鐘をならす回数を間違えないのは、百八の小豆を横に置き、一回鐘を鳴らしてはその小豆を横に動かし、最後になると自動的にわかるとどこかの坊主が言うておった。知っとったかい。やっぱり煩悩の数だからのう間違いは許されないのう。『行く年来る年』。来る年昭和五十三年は良き年にしようぜ。そして始めて父完二と母玉枝とワシと恵理子四人で昭和五十三年正月元旦を迎えた。『新年明けまして、おめでとうさん』何も裕福と言えるような山口家ではなかったが、それでも素朴で、なかなか明るいお正月だったわいのう。家で蓬莱さんを飾って正月を祝ったのう。蓬莱山には『うらじろ』がちゃんと乗せて用意してあった。たれが岩場に行ったのかいや。実は母玉枝が石生の山本野菜店(よっちゃんのお店)で買うて来たらしい。元旦はワシ等、北野熊野神社に詣でたのう。『ガランガラン、チャリン、コロリン』
それから、正月二日には、ワシと恵理子二人が北奥大内家に年賀に伺った。『謹賀新年』大内家で、ワシは、いっぱいいっぱいまたいっぱいお神酒を飲んで義父大内伊三郎と一緒に正月歌を歌ったぞい。ワシは、『丹波ー篠山、やまがの猿が、よいよい、花のお江戸で芝居する、よーいよーいでっかんしょ。たんばー篠山、鳳鳴に塾で、文武鍛えし、美少年、よーいよーいでっかんしょ。万里の長城でしょんべんすれば、よいよい、ゴビの砂漠に虹が立つ、よーいよーいでっかんしょ。社長、社長といばるな社長、社長社員のなれのはて、よーいよーい、でっかんしょ。』と替え歌も歌ったもんじゃ、なぜか高専時代に戻って歌い飛ばしていたのう。ところが、さて義父伊三郎は何の歌を歌ったか、ワシはすでに忘れてしまった。が、まあしかし、義母秋枝が『うちの伊三郎おとうさんが、あんなに楽しく歌ったのは初めてですわ』と言っていたからのう、まあ本当にワシが恵理子の花婿になって、皆大内家の家族も嬉しかったのであろう。違うかのう、ひょっとして、大内一族は皆あきれ反って、びっくりしてそっくり反っておったかも知れんぞや。その正月一緒に歌ったのは、大内伊三郎、大内秋枝、大内治、長女大内喜代子、木下紘之、次女木下八重子、芦田喜治、三女芦田文代、四女山口恵理子であったのう。たれが何を歌ったかワシは忘れておる。なんとなれば、……
実はその晩、ワシは大内家で自分を失うほど飲みすぎでのう、又、風邪をこじらせてしもうて、発熱し寝込んでしまったのだわい。確か三十九度ほどあったぞや。『ウーン、ウーン』ここに美人の看護婦さんが登場するのだがのう。おわかりかな、その人の名は、伊三郎四女の木下八重子姉さんじゃよ。八重子姉さんは恵理子の姉なんじゃが、なんか一晩中濡れタオルを交換してくれたのを夢うつつの中に覚えとるぞ。どうも有り難うさんでしたのう。恵理子は何しとったかって?ワシャ知らんぞや。まったく。
大内家というのは女系家族でのう、四人も子供がおって、男の子供が一人もおらん。男の子が一人いたが、落ちている柿を拾うて食べて、その子は亡くなったそうじや。しかし、その中でも、ワシゃ、最後に、まずまず良い嫁をもらったもんだわいと思うが。その四女恵理子はおせいじ抜きで料理上手だったのう。ワシゃ腹一杯になってもまだまだ色々おかずがでてきたもんだわい。ワシはおばあちゃんに教えられた通り、残したらもったいないからいけないと思っていたからのう、それらの出されたものを全部平らげてしまったもんじゃわい。だから、太るわいなぁ。これは、当たり前だが、結婚する前いわゆる独身時代は体重六十五キロだったがすぐ七十キロになった。まあそれはそんなに気にせず毎日の幸福な新婚生活をすごしていたのだった。恵理子は昔中兵庫信用金庫市島支店勤務じゃったそうじゃ、だから、家計のやりくりと貯蓄はお手のものじゃとワシは期待しとったわい。
恵理子はワシの買った双眼鏡で、ホテル一畑現場を見ていた。ワシはたまにホテル一畑の屋上に上がって、浜乃木ビルに向かって手を振っていたもんじゃよ。視力は1.5じゃったが恵理子は見えなかったわい。しかし、やはりホテル一畑増築工事の現場から家に帰るのが楽しみだったわいなあ。とっても、とっても。だがのう、工事現場の事だから、早く帰れる事はまずなかったわいなあ。いつも、恵理子が車(マツダファミリア)で迎えに来てくれたわいなあ。ワシの仕事が終わるまで恵理子は道に車を止めて待っていたのう。ある時、恵理子がワシを迎えに行くために浜乃木ビルの階段をあわてて降りたのだそうな。そうするとなんのひょうしか知らんが、最後の階段を踏み外して転がって落ちたのだ。『あー、痛い…・・イ・タ・タ・タ』数分動けなかったそうな。『たれかー来てくれんかねー』と思ったそうだ、が、あいにくたれも通りかからなかった。それで、自分一人なんとか歩き車にたどり着いて、それから車を運転して、現場に来たんだとよ。ワシゃ、涙が出たのう。『………』ご苦労はんじゃったのう。ほんま。そのせいで、恵理子はびっこをひいとったねえ。いまでもねんざしやすい足になってしもうたらしいのじゃよ。
その年、ワシは、恵理子と二人で松江松竹映画館に『絶唱』を見に行った。主演『山口百恵・三浦友和』だった。ワシはいまだに山口百恵の大ファンじゃよ。今二人は、夫婦で東京『国立(くにたち)』に住んでいるぞや。映画では、異国(多分満州じゃろうのう)の戦場で歌う三浦、それに時間を合わせて内地山陰(多分鳥取)で歌う百恵。『あーあーあ、小雪』『あの人の、足音がする……』と言いながら死んでしまった小雪。ワシが鳥取と思うた訳は、映画で三浦が砂丘を踏みしめて帰国したからのう。ワシ等、映画の中の二人を見て泣いたもんじゃのう。純愛で、とても悲しい映画だったなあ。これは恵理子と二人で見た最初で最後の映画鑑賞であったと思うぞや。映画『絶唱』を見たい人は家にビデオがあるじょー。
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