いろいろと。。。

いろいろと。。。

教訓



テレビでお笑い番組を見ていた時だった。
ふと、喉が渇いたなと思い、ソファーから立ち上がり、キッチンへ行く。
食器棚のノブに手をかけ、開く。
テレビの音が気にになって、視線をテレビにやる。
好きなお笑い芸人が出ていて、目が離せなかった。
チラッと棚に視線を戻し、必要なコップを即座に見つける。
手でつかみ、引き出し始めたのを確認し、視線をテレビに戻そうとしたその時、
『コツン』
と小さな音が鳴った。
引き出そうとしたコップが、食器棚の最前列に並んでいたコップに当たったのだ。
あたった時に生じた小さな衝撃は、手に持っているコップから手に移り、指の神経から
脳に伝わり、首の筋肉、左腕すべての筋肉に命令を下す。
『オチルコップヲキャッチセヨ。』
首が食器棚を向き、目が転がるコップを確認した。
まだ落ちてない!
と瞬間的に左腕が動く。
五本の指が開き、転がるコップをつかもうとする。
が、運悪く薬指がコップの転がる速度を上げてしまった。
左手は空振りをする。
次の瞬間、コップが落下し始めた。
反射的に手をコップより下におろし、受け止めようとした。
コップは手に落ちた。
が、手が水平でなかったのか、まだコップが回転していたのか、手から転げ落ちた。
目が極限まで開く。もうテレビの音なんて聞こえない。
再びつかみかけたが、空振り。
そしてとうとうフローリングに激突。
ガラスの割れる独特の音が、リビングを支配する。
母親は弾かれたように顔をこちらに向ける。
僕は口をあんぐり開けたまま、ちらばったガラス片を見た。
「あーあ。お父さんのお気に入りを。」
そう言いながら、葉花ビニール袋を持って来た。
大きなガラス片をその袋に入れ、あとは掃除機で吸った。
開いた口から声も出なかった。
怒る父の顔が脳裏にいくつも浮かぶ。
あぁ、絶体絶命だ。
心をグサグサと刺される感じ。
「ヤリヤガッタ!ヤリヤガッタ!」
「ハハハ!ザマァミロ!」
心を突き刺すなにかがそう言ってる気がした。
そして、脳は次の計算に入る。
「ドウベンカイスルベキカ・・・・。」
数分後、その場に立ちつくしている僕に、母は風呂に入りなさいと命じた。
言われるままに風呂に入った。
一度ショートした思考回路が復活し、弁解方法を考え始めた。
何通りもの弁解言葉が頭を交錯し、シミュレーションをする。
どれもこれも悪い結果につながる。
でも、少しヒントはつかめた。
約十五年間培ってきた父親データベース、つまり経験上、
帰ってきてすぐに謝るのが一番良い手段というのが出てきた。
お気に入りのコップなのだ、隠し通せるわけが無い。
頭のシャンプーを洗い流し、しばし鏡を見る。
目が悪いのでぼやけて見える上に湯気でくもっているので何も見えないのだが、
数十秒鏡を見て、決心した。
素直に謝ろう、と。
脳内で続いていた永遠に続く計算式を解くのをやめた瞬間、
音楽の低音部分が聞こえた。
―――来た!
父親光臨といってもいいような状況だった。
車から漏れる重低音は、巨人の足音のようだ。
駐車場のとなりに風呂場があるのですぐわかる。
このエンジン音と重低音は間違いなく父だ。
だが、父はここからが長い。
なぜか車内に長居する。
その間に、僕は体を洗い、すばやく体をふき、パジャマに着がえてリビングへ出た。
いよいよ決戦の時だ。
心を突き刺すなにかは一層強さを増す。
左手を見た。
いつもつけている守護石のブレスレット。
守っておくれ、と念じた。
ガチャガチャとカギを開ける音。
不安が堆積する。
くつを脱ぐ音、あの重低音と同じ足音、そして、ついに
「ただいまー。」
大きな黒いカバンを右手に持ち、帰ってきた。
一応、おかえりと声をかけ、話を切り出す。
「あ・・あの・・」
「ん?どうかしたか?」
緊張の一瞬。さぁ言え。言うんだ!
「グラスをさ・・・割っちゃって・・・。」
「そうか。ケガしなかったか?」
言葉を失った。
シミュレーションミス、計算外だった。
もう頭はパニック状態。
「あ、いや、でも、気に入ってるヤツだって言ってたから・・・。」
「別にそんな仰々しく言うことでもないだろ。」
そう言い残して、父は二階へ上がった。
もう心を突き刺すなにかは消えていた。
やはり、ムダに計算せず素直に謝るのが一番だな、とつくづく感じた。
そして、これからはよそ見をするな。
と、自分を戒めた。


小説ページトップへ ブログトップへ

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: