大切な日々

大切な日々

転機


一度でいいからゆうだいの世話をしてと嘆願され、2002年頃からは少し
だけ育児を手伝うようになっていました。仕事に慣れてきて、家の事を気に
掛ける余裕が出てきたのも大きかったと思います。

それでも私の微々たる助けではどうしようもなく、妻の孤独な育児は続き、
不安な気持ちは日に日に重くなっていたようです。妻のページに、肉体的
精神的に追い詰められていったと書いてありましたが、「限界」の状態に
近付いていく妻を助けてあげられませんでした。

2002年の冬に、限界に達した妻からもう帰国したいと言われました。
私も、このまま中国での生活を続けたら妻はノイローゼになってしまうと
思い、帰国させる事を決意しました。春からは単身生活の始まりです。

今思えば家族全員で帰国するという選択肢もあったと思います。でもその時
はせっかく掴んだチャンスを逃すまいと必死でした。中国での仕事で自分は
もっと成長できる、こんな大きな仕事はめったに経験できない、と思う気持ち
が強かったのです。(ひどい父親ですね)

ただ自分の中での精一杯の決断は、単身赴任は1年だけ、と区切りをつけた事。
かつて「勝ち負け」だけを唯一の価値観として生きていた自分には、到底
思いつかなかった選択です。私にとっては、仕事と家庭を両てんびんにかけて、
家庭を選択したというぐらいの大きな出来事。ゆうだいの誕生と献身的な
育児を続ける妻が私の価値観を大きく変えてくれたのだと思います。

世間的に見れば父親として当たり前の選択、もしくはそれ以下の選択かも
しれませんが、その時には究極の決断をしたと思ったんですよね。。


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