ほんとの日々

ほんとの日々

2005年06月23日
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(ご注意:たぶんすごく長い文章になると思います)


ヴィオロン公演が終わって3日経ちました。

会場に足を運んでくださった方、その他いろいろな場所で応援して下さった方、

どうもありがとうございました!


3日間私のブログに動きがなかったので、

「大丈夫!?」という心配の声が表からも裏からも。。。

心配かけて、すみませんでした(><)

実は公演の直後、貧血を起こしたり、

また昨日は高校生たちの放送コンテストでその応援に行っていたり・・・と




それ以上に

【 次に日記を書くときは「公演後記」が書きたいなあ 】と思っていたのです。


明日6月24日は悦子の命日。

でも悦子が亡くなったのは24日「未明」なのです。


悦子の本当の命日は、

私は今日23日( 書き終わる頃には24日になっていると思います )なような気がしてなりません。


【 今回の公演は悦子の「追悼公演」だったんだから、「公演後記」は命日に 】

という頑固な私のお話に少々お付き合い下さいませ。


って、どこから何を書けばいいんだ~~~~~~~?(←おいっ)


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ヴィオロンでやった「二十歳の原点」は




( 公演は生ものなので、いつどんな公演も、その空間によって同じものはないと思うのですが )


というのは、私はこれまでは当然のように、

「書いていた瞬間」に身を置いて( という設定で )悦子の日記を読んでいました。


でも本番、

踏み切りの音、



電車の走りさる音、

亡くなった悦子の「人はなぜ生きていくのだろう・・・」という俯瞰の台詞、

父親の導入の台詞、

タイトルコール・・・という作品が本題に入る前までの時間に、

私のなかのそれまでの設定が変わってしまったのです。



【 お父さんとみんなにあの頃の私の気持ちをおしえてあげなくちゃいけないし、

  私は自分の生きてきた時間とちゃんと向き合わなくちゃいけない 】



私が亡くなったことで苦しんでいるお父さん。

亡くなる前日、バイト先の同僚は、様子がおかしいと言って私を家まで送ってくれました。

そして目の前には、私のことを思ってくれている人がこんなにもたくさんいる。


今更だけど、もしかしたら、私は1人ではなかったのかもしれない。


1969年6月24日未明に亡くなった私は、

「生きていた時、自分が書いていた日記」を振り返り始めました。


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父親の言葉を聞きながら、自分の日記を読みながら、

私は両親に愛されていたし、私は両親が大好きだったんだなとつくづく思いました。


あの当時は理解してもらえないとずっと思っていて反発も感じていたけれど、

両親がいなかったら、私はもっとはやくに死んでいたかもしれない。


そうしたら「ありがとうございました」と「ごめんなさい」の気持ちがいっぱいになってきて、

私はお父さんを安心させなくちゃと思いました。


いろいろあって本当に辛かったけど死ぬ瞬間は、もう苦しくなかったです。

誰のことも、自分のことも、そしてお父さんのこともお母さんのことも、嫌いではなかったです。

もう遅いけれど、悦子はただちょっと遠くに行ってしまったと思って下さい。


ごめんなさい。ごめんなさい。

そして、ありがとう。

私の日記を読んでくれてありがとう。わかってくれようとしてくれて、ありがとう。


それだけで充分だから、もう苦しまないで下さい。


・・・最後の詩の場面では、そういう気持ちでした。


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玲と弥々の「二十歳の原点より」は、悦子への黙祷で終わります。


この黙祷に入る前に弥々さんが簡単な挨拶(?)をするのですが、

その挨拶について、私は本番当日まで

「そのフレーズはおしつけがましい」とか

「そのしゃべり方はいかにも葬儀司会者みたいで嫌だ」とかダメだしをしていました。


(「あの」弥々さんにです。今考えると恐ろしい!生意気言ってました。弥々さんごめんなさい!!)


というのはですね。

あの挨拶&黙祷は、どうしても私自身への挨拶&黙祷に感じてしまうのです。


(前回の公演では1分とっていた黙祷の時間も、今回ははずかし過ぎて減らしてもらいました。)


で、黙祷が終わってキャスト紹介。


私はようやく「玲」に戻り、

「私が悦子をやって良かったのだろうか。もしや悦子が怒ってないか」と心配になり・・・

あの「玲からの一言」につながるわけなのでした。



それと、今回の公演でも

【 「二十歳の原点」は「はたちのげんてん」と読むのだ。

「にじゅっさいのげんてん」と言われては違和感がある。 】

というご指摘をいくつかいただきました。


確かに「二十歳の原点」は「はたちのげんてん」で世の中に広まっています。


でも、実は三郎さんは「にじゅっさいのげんてん」と振り仮名をつけて、

「二十歳の原点」を世の中に出しているのです。


どういう意図があったのかはわからないのですが、私は三郎さんのその気持ちを汲み取って

「二十歳の原点」を「にじゅっさいのげんてん」と読ませていただいています。

なので、たぶん今後もそれは変えないと思います。


説明すればよかった~と後で反省しました。ごめんなさい!!


でも、みなさん1人1人に「二十歳の原点」は存在するかと思うので

「はたちのげんてん」と言っていた方もそれを改める必要はないと思います。


( ・・・って、私が言っていいのかわかりませんが )



最後に、共演者の弥々さん、

今回の公演に協力して下さった方、

会場にお越しいただいた方、

その他思いを寄せていただいた全ての方へ


「ありがとうございました!この感謝、返品不可!!」


                                  2005. 6. 24 AM2時48分。 玲





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最終更新日  2005年06月24日 02時49分10秒
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