『日本文化主義』尋牛亭日常の箴言

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 長い歴史ある日本と違い、中国とは異なる周辺民族よる殺戮支配が繰り返され、現在はハッチワークのように他民族を人権無視で無理矢理、共産党が束ねている国家という認識が正しい。

 中国や韓国とは究極のグローバルの格差社会で、汚職や賄賂も多く、既得権者たちが内政の失敗をごまかすため民度の低い反日国家になってしまっているようだ。多くの善良な人々が不幸ですね。


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わが国は、建国の理念にたちかえり、家族国家を取り戻すこと。そのために、ひとりひとりができることをする。それが日本の日本人が、すべきことなのではないか。大東亜戦争の教訓と体験に学び戦死した人々を無駄死にさせないようにするためには国益のため『日本文化主義』の文化防衛という考え方でリーダシップのある類い稀な資質、明確な目的意識とアイデアを持った首相(大統領制にした方が国際社会に政治的アピールもよいのだが、いまの政治家たちは分かっていない)になってもらいたい。『
日本文化主義 』に期待したいと考えています。 ブログランキング・にほんブログ村へ
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テーマ: ニュース(97012)

 自主防衛と核抑止力で日米同盟ということが日本にとっても米国にとってもよく、いわゆる「日米同盟」が本当に強化されることを与党も野党も官僚も分かっていないことで政治の体たらくが、病と闘いながらコラムを稿している小生の回復を遅らせている。

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 自民党政権・民主党政権を問わず歴代の日本政府は「日米同盟の強化」を口にしている。とりわけ安倍政権は民主党政権によって破壊された日米同盟を復活させ、より一層強化させる、と繰り返し明言している。

 確かに、過去半世紀以上にわたり「日米同盟に頼りきる国防」を国是としてきた日本にとって、現状では日米同盟が国防の基本であることには疑いの余地はないし、実質的な空洞化が進んでいる日米同盟を強化する必要があることもまた事実である。

 先日、ホノルルで太平洋艦隊や太平洋海兵隊関係者たちと日本を取り巻く軍事情勢に関して話し合う機会が数回あったが、「現政権に限らず歴代日本政府が口にしている『日米同盟の強化』とは一体何を意味しているのであろうか?」ということも(毎度のことながら)話題に上った。

 日本側が口癖のように繰り返す「日米同盟の強化」の内容が軍事的にはっきりと具体化されないため、アメリカ側には「アメリカの歓心を得ることによって、尖閣諸島をはじめとする日本防衛のためにアメリカ軍の救援を最大限に獲得できるような状況を維持する」ことを意味しているように受け止められかねない。

普天間基地問題解決で日米同盟は強化されるのか?

 歴代日本政府が「日米同盟の強化」の具体的行動として力を入れているのが、普天間基地移設問題をなんとか解決することである。しかしながら、これでは軍事的には"話にならない"と言っても過言ではない。

 アメリカ海兵隊をはじめとして普天間基地移設問題に直接関与し、移設を前提にして日本周辺の軍事戦略を構築してきた人々にとって、普天間基地移設問題では日本側に10年以上にわたって「だまし続けられた」のであり、それに鳩山民主党政権がとどめを刺す形で"ぶち壊した"のであった。第2次安倍政権がリーダーシップを発揮して、そのような状態を振り出しに戻したからといって、「だまし続けた」あとの「何となく決着しそうになった状態」に戻るのであって、それによって日米同盟が強化されるわけではない。

 普天間基地移設問題は、アメリカ海兵隊のみならず米軍にとって戦略上重要な問題ではあるのだが、だからといって普天間基地移設が日米同盟の根幹をなしているわけではない。アメリカ側の戦略家たちにとっては、普天間基地をはじめとする日本の前方展開基地は極めて重要であり、未来永劫陣取っていたいのはやまやまであるが、そのような状況が維持できなくなった場合でも、米国の極東軍事戦略が遂行できるように数通りのオプションを用意しているのである。したがって、このような戦略家たちから、普天間基地移設問題を何とか解決することこそ日米同盟の強化と考えている日本側の動きを見ると「小手先の問題を解決して何とかアメリカ側の歓心を得ようとしている」と思われても致し方ない。 

集団的自衛権の行使で日米同盟は強化されるのか?

 同様に、自衛隊による集団的自衛権の行使を認めて、アメリカ領域やアメリカ軍艦に対する攻撃に対して自衛隊も反撃するとのポーズを示したからといっても、すぐさま日米同盟の強化とはなり得ない。なぜならば、そもそも同盟相手国との関係においても集団的自衛権の行使を躊躇している日本の現状それ自体が国際的には理解不可能に近い異常な状態であり、それを常識的な状態に近づけたといっても"強化"とは言えないからである。

 もちろん、集団的自衛権の行使を容認しない限り異常な同盟内容は変化しないため、日米同盟強化の第一歩として必要不可欠なことには疑いの余地はない。だからといって、敵を殺戮し敵に殺戮される戦闘行為を伴う集団的自衛権の行使とは、政治家が理念的に考えているように生易しく実現できるものではない。現時点でも、アフガニスタンをはじめとする世界中の戦闘地域で"命のやり取り"に従事しているアメリカ軍関係者たちの目から見ると、どうも日本の政治家が自衛隊を使ってアメリカ側の歓心を得ようとしている政治的パフォーマンスのように受け止められかねないようである。

同盟によって日本と米国が得ている利益とは

 いかなる軍事同盟においても、同盟締結当事国は自国の国益とりわけ国防戦略上の利益になるから同盟関係を構築・維持するのである。同盟国はそれぞれ自国の国防システムの持つ弱点を補強するために同盟相手国の軍事力を使うのであって、この事情は相手国にとっても変わらない。

 世界最大の軍事国家である米国に日本が期待できる国防上の利益は、いわゆる核の傘や日本周辺海域以外での海上航路帯(シーレーン)の防衛、それに水陸両用戦能力の欠落という日本国防の致命的欠缺(けんけつ)を米国の水陸両用戦能力によって穴埋めしてもらうなど、「米国軍事力の傘」によって第三国が対日軍事攻撃へ踏み切らないよう睨みを利かしてもらうことにある。もちろん、万が一にも対日軍事攻撃がなされた場合には「米軍が槍、自衛隊は盾」という日本政府が公言している原則により米軍救援部隊による反撃を期待しているのである。

 もし日本が、日本に配置されているアメリカの水陸両用戦部隊に匹敵するだけの水陸両用戦能力を自分自身で保持しようとすると、それだけで日本の国防予算は3~4倍増以上の大増額を迫られることになるであろう。

 そして、日本が自前で日本の貿易活動に不可欠な南シナ海、インド洋、アラビア半島周辺海域などに張り巡らされている海上航路帯を防衛しようとするならば、アメリカ海軍と同等かそれ以上の海軍力を保持しなければならない。そのための予算は、アメリカ海軍に追いつくための艦艇・航空機等の調達・運用費を含めると、日本の国家予算では到底まかないきれないことは明白である。

 このように、日本側は日米同盟によって「アメリカ軍事力の傘」を手にしているだけでなく、莫大な経済的利益を享受しているのである。  一方、米国側が日米同盟でギブ・アンド・テイクとして直接得ている国防上の利益は、自らの前方展開戦力をアメリカ本土から太平洋を隔てたはるか前方地域に安心して展開させておくことができることにある。

 すなわち、横須賀を本拠地とする第7艦隊という大規模海軍力や、沖縄や岩国を本拠地とするアメリカ海兵隊第3海兵遠征軍と佐世保を本拠地とするアメリカ海軍第11水陸両用戦隊という水陸両用戦力、それに三沢、横田、嘉手納といった前進航空基地の確保といった前方展開態勢を確保することにより、東北アジア地域、東南アジア地域、南アジアから中東地域での軍事紛争から人道支援・災害救援活動まで幅広い各種軍事行動に迅速に対応して、これらの地域に対しての米国の国益の維持・伸長を計ることができるわけである。( 其の弐につづく )
 (統治機構も変えて 『日本文化主義』 では大統領制にした方が国際社会に政治的アピールしやすい「戦後保守主義」の政治家たちは分かっていないようだ)本当の政治の仕事はプライオリティーは増子化対策のため中間層の拡大である。



日本は米中韓のサイバーテロや産業スパイに狙われている。NHKを筆頭に民放テレビ各局のメディアの役割と甘さには呆れる。本当に業界の責任も多大なのである。

フランシスコ・ザビエルは日本に西洋文化を紹介した宣教師だったが、彼の所属したイエズスス会は宗教集団と同時に軍事組織でもあり、西洋列強による英国の植民地拡大の尖兵だったというのが歴史の真相である。

サイバーテロやスパイ関連の法規で重罰にするスパイ防止の法律も必要がここにきて現実的になってきた。

仏教で「生死流転」と云う言葉があります。(しょうじるてん)と読みます。ここでいう生死というのは、人間の「生まれ・死ぬ」ということではありません。この世の一切のものが、一瞬として止まることなく、絶えず変化し動いている事を指しています。

 生死(しょうじ)の中の雪降りしきる 山頭火(永遠の時間の中で、永遠に消滅を繰り返してゆく、そのなかの「ふりしきる雪」をとらえた句です)。働き盛りの人間も同じです。その先には老いがあり、死があります。だからこそ今を働くその姿が美しいのです。降りしきる雪のかんという「潔さ」でしょうか。国家も政治も変化し動いているのである。

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Last updated  2013年03月23日 00時11分49秒
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