ゆきあけのボヤキ

不安

平成17年9月 作成

~不安~


大阪へ帰省する日、ゆうちゃんに手紙を渡した。

次の日が3ヶ月記念日でもあった。

【ゆうちゃんがし~☆の事嫌いになったら仕方ないけど、親に引き裂かれて別れるんだけは絶対に嫌】

といった感じの内容だった。

大阪に到着した頃、私の携帯電話の充電が切れた。

家に帰って充電しメールの問い合わせをした。

【色々障害はあると思うけど何とか2人で乗り越えていこうね。俺が大好きなのはし~☆やから】

という内容が書かれたメールがゆうちゃんから届いていた。

よく冗談交じりで「ゆうちゃん、し~☆の事好き?」とか「どれぐらい好き?どこが好き?」と聞いていた。

「俺の事好きでいてくれるし~☆が好き。」とゆうちゃんは笑ってた。

冗談でありながらも、私は半分以上本気で聞いていた。

不安を言葉で聞いて少しでも自分の気持ちをラクにしたかったから。

逢う度聞いていた、確認したかった。

それほど私はゆうちゃんが自分から気持ちが離れていないかと“あの日”から臆病になっていた。


そして私は大阪に帰省して初めて弟の現状を知った。

もう私はどうしたらいいのかとかどうしようとか思う気持ちを超えていた。

もうアカンわ・・・・・・

そして毎日ゆうちゃんにどうやって言おうという事ばかり考えていた。

何処に行っても誰と会ってもこの話になっていた。

彼氏が出来ました→弟の事で相手の両親に先手を打たれました→弟が捕まりました→絶対結婚は無理

彼氏出来ましたと嬉しい報告のあとには続けて絶望的な話をしなければならなかった。

「そんなん関係あんの?」「駆け落ちでもしたらいいやん。」

「ゆうちゃんやったら絶対大丈夫やって!」「ゆうちゃん次第やな。」

周りにはこんなような言葉をたくさん言われた。

今回の大阪ほど毎日泣いていたことは無い。

「やっとし~☆が幸せそうで喜んでたのに、また泣かなあかん気持ちになってもうて・・・」

とサナ両親にも会う度泣かれた。

「し~☆が子供生んだ時の事なんか気にせんでいい!!私がおるやんか!!」とサナ母に言われた。

男友達には「男の根性次第やんけ。」「オマエの事好きやったら大丈夫やろ。」

「そんなんで悩んでるオマエらがよ~分からん。」などと言われた。

毎日ゆうちゃんと電話で話す度、今すぐにでも逢いたくて仕方が無かった。

寂しくて逢いたい、好きだから逢いたいというよりも“不安だから逢いたい”


そしていつもよりも早く松山へ戻った。

早く逢いたくて逢いたくて、いつも以上のスピードで高速を飛ばした。

運転中もずっと“いつ言おう”という事ばかり考えていた。

ゆうちゃんはお姉さん家族が実家に来るので私の家に来るのは遅くなると言った。

寂しかった。

でも私は平気なフリをして「今日は無理せんでいいよ。」と答えた。

本当は来て欲しいくせに・・・早く逢いたいくせに・・・

夜中近くにゆうちゃんが家に来た。

この日は久々の再開。今日は言わない、楽しくいたい、と決めていた。

次の日もゆうちゃんは家に来た。

どうしよう・・・と思いながらも時間が遅かったので言うタイミングも無かった。

“今週中には絶対言おう”と自分の中で決めていた。

でも“今週お盆休みやし初めてゆうちゃんといっぱい遊べるし来週に言うの延期しよかな”

という思いも半分以上あった。


松山に帰ってきて3日目、前の日から泊まりに来ていた子供達とミー姉とゆうちゃんとで焼肉へ行った。

焼肉から家に戻り、台所で私とミー姉2人で今回の事を話していた。

「う~ん。そんなにダイ君の事が問題になるんかなぁ~」とミー姉は言っていた。

「ゆうくんとし~☆ちゃんが仲良くしっかりしてたら大丈夫よ!」と言って帰って行った。

私の部屋でゆうちゃんと2人。

何気に私が「お盆の予定は?」と聞いた事から全ては始まった。

「お父さんはいつ来るの?」とゆうちゃんに言われた。

そう、父とゆうちゃんが電話で初めて話しをした時に

父はお盆松山に来てゆうちゃんに会い、弟の話をすると言っていたのだ。

けれどどうしても仕事の都合でお盆に松山に来る事は無理になった。

「パパ仕事でどうしても来られへんなってん。また土日にでも来るやって。」と言う私に

「弟とは会ったんか?」とゆうちゃんは聞いてきた。

“あっ、とうとうきた・・・とうとう言わなければならない時がきた・・”

一気に心臓がバクバクしだした。

「ちょっとお茶持って来るわ。」と言って私は一階に下りた。

ちょうど台所にいた時マサ姉から電話がかかってきた。

「今からダイの事ゆうちゃんに言うわ。」という私に

「そうか・・・あんまり思いつめんと!!ゆうちゃんは大丈夫やって!」と言った。

二階へ上がる私の足はとても震えていた。


「あのな・・・弟・・・捕まるねん・・・」と小声で言った。

「え?????」と大きな声でゆうちゃんは驚いた。

「何で?」と言うゆうちゃんに経緯を説明した。

ゆうちゃんは深く大きくため息をついて寝転んでいた。

“何か言って!!”と私は思っていたけれど二人の間には沈黙が続いた。

その沈黙に耐えられなくなった私は部屋を出た。

一人、母のいる仏壇の前で泣いた。

少しして二階に上がるとゆうちゃんは寝ていた。

その横で座る私はただボーッとしていた。

時折私を引き寄せてくれたけれど“し~☆といるよ”とは言わなかった。

しばらくしてゆうちゃんを起こした。

起き上がったゆうちゃんは下を向いて何も言わずに座っていた。

「し~☆下にいてるからもう帰りや。」とだけ言って私はまた座敷へ行った。

もうどうしても耐えられず母の遺影を抱きしめて泣いた。

きっと母も祖父もスー兄も一緒に泣いてくれていたことだろう。

座り込んで泣いている私の後ろにゆうちゃんが来た。

でも何も言ってくれない。

私がこんな状態では帰れないだろうと思い腰を上げた。

「何でこんなんになるんやろ。」と言ってゆうちゃんが泣いた。

もう私は自分が身を引くしかないと思った。

壁に顔を押し付けて泣いているゆうちゃんに後ろからしがみつき

「し~☆と逢えへんかったら良かったな・・」と言う私に

「そんなん言うなや!!」とゆうちゃんは大きな声で言った。

「し~☆はゆうちゃん好きやし別れたくない。結婚もしたい。

でもゆうちゃんがそんなんで悩んでるんやったらし~☆が身引くしかないやん!」

「そんなんだけは嫌やって言うてたんちゃうんか!」

「そうや、嫌や。でもし~☆は何も出来へんやん。ゆうちゃんに任せるしかないやん!」

そして「もう言うてくる!!」と言ってゆうちゃんは出て行った。

私はもう頭がパニックになっていた。

それはゆうちゃんも同じだったと思う。

どうしようもない気持ちを台所でぶつけた。

お皿やコップを思いっきり投げて・・・

少しだけ落ち着きを取り戻した頃、ゆうちゃんにメールをした。

自分の気持ち、そして最後に【ゆうちゃんが決断したら連絡下さい。それまでし~☆からは連絡しません】と。

【ごめんな。俺もし~☆が大好きだよ】とだけ返信がきた。

前回のように“大丈夫”とか“し~☆といるよ”とは言ってもらえなかった。


もうアカンな・・・終わったな・・・と思っていた。

もう別れたかのような内容のメールを友達に送った。

友人Jから「どういうこと?」と電話がかかってきた。

全て話した後「もう前みたいにし~☆といるよとは言ってくれへんかった。」 と言う私に

「ゆうちゃんもちょっとパニックになってるんやって!」と励ましてくれた。

翌朝、友人あきら・ぢゃぢゃからメールがきていた。

【何で別れたんや?お互い納得のうえでか?】【どういうこと?】って。

他の友達からは【何でいつもし~☆ばっかり辛い目に合わなあかんのよ】とか

【ゆうちゃんがいい方向に持っていってくれるよ】といった感じのメールが届いた。


一人でゆうちゃんからの連絡を待つつもりだった。

“なるようにしかならんわ!!”と開き直っていたつもりだった。

けれど夕方が近づくにつれ、とても心細くなってきた。

一人でいるのが怖くなってきた。

我慢しきれず新居浜の友人ぢゃぢゃに【今日行ってもいい?】とメールした。

夕方、私は泊まる準備をして新居浜へ向かった。

高速ではなく下道を走る私はケツメイシのCDを聴きながらゆうちゃんの事を想っていた。

化粧する気にもなれずスッピンのままぢゃぢゃの家へ行った。

新居浜にいるもう一人の友達も来た。

お酒を飲めば飲むほど悲しくなってきた、辛くなってきた。

そして私は自分から連絡をしないと言ったのにも関わらずゆうちゃんに電話をした。

けれど号泣していた私は「し~☆はゆうちゃんが好きです。」としか言えなかった。

昨日までは自分から身を引こうと思っていたのに・・・

今日もお昼まではなるようにしかならんと開き直っていたつもりなのに・・・

やっぱり無理!!!ゆうちゃんと絶対別れたくない!!!

そう思い泣きながら眠りについた私は「ゆうちゃん」と寝言を言っていたらしい。


翌日仕事だったぢゃぢゃからお昼前

「お昼ご飯外に食べに行こう~お風呂でも入ってすっきりしたら?」 と電話があった。

ゆうちゃんからの連絡はまだ無い。



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