Jが来た日の夜、私は携帯を眺めていた。
待ち受け・発着信・送受信・問い合わせ、全ての画像がゆうちゃんだった。
カバーのドットエリアにはゆうちゃんの背番号“21”が光っていた。
私は思い切って全てを削除した。
大きなため息が出た。
動画もあった。最後にJと一緒に見た。
そこにはほんの数日前に撮られた優しかった頃のゆうちゃんが写っていた。
そこにはゆうちゃんの姿だけではなく声も入っていた。
胸が熱くなった。
そしてこれも削除した。
たくさんのハートや大好きと入ったゆうちゃんからのメール。
自動振り分けに設定し“ゆうちゃんフォルダ”があった。
これも削除してしまおうと思ったけれどJのアドバイスによりしばらく残す事にした。
PCにもたくさんのゆうちゃんフォルダがあった。
そこには試合別に分けられた思い出の画像がいくつもあった。
Jが見守る中“削除しますか?”というPCの問いに「いきます!」と言って“OK”と押した。
写真・アルバムを誰より大切にしてきた私。
それらを削除するという事は思い出を消してしまうのと同じだった。
大きな大きなため息が出た。
新居浜から松山に戻る時、私の車にあきら、ぢゃぢゃの車にJが乗った。
「PCの画像消した。」という私に「これは?」とルームミラーを指差したあきら。
そこには“コンタックのストラップ”と“キティちゃんのストラップ”が吊られていた。
ゆうちゃんがくれたコンタックのストラップ。
私が高知へ旅行に行った時にゆうちゃんとお揃いで買ったキティちゃんのお土産。
それを外し、後ろを走るJ達に分かるよう窓から手を出し合図した。
まず一つ、道路に放り投げた。
そして後ろの2人に分かるように大きくガッツポーズをした。
迷いと想いがある自分自身を奮い立たせる為に。
続けてもう一つ、道路に放り投げた。
ダッシュボードに入っていた写真を取るようあきらに言った。
数枚の写真を細かく破り、無我夢中で破り、窓の外にばら撒いた。
必死で忘れようとした。
家に戻り大事に飾ってあった“アイスの当たり棒”をゴミ箱に捨てた。
それはゆうちゃんが初めてくれたモノだった。
他人からすればそれはちっぽけなモノだったけれど私にとってはとても大切だったモノ。
中学時代の友達が来ていた時に無くなり、必死でゴミ箱をあさって見つけ出したモノ。
それだけ大切にしていたモノ。
エレクトーンの上に引き伸ばし額に入れて飾られていたゆうちゃんの写真2つ。
それを外した・・・・
歯ブラシスタンドに2つあった歯ブラシ。
1つはゆうちゃんの歯ブラシ。
それを抜いた・・・・
PC前に吊り下げられたカレンダー。
そこには12月まできっちり記念日が書かれていた。
それを外した・・・・
そして紙袋に入れた。
PCから削除した画像。まだPCのゴミ箱に残っていた。
もう私にはそれを完全に削除する勇気は無く、Jに託した。
「消すで!」と言うJに「お願いします!」と言った。
そしてすべて抹消された。
こんな思いをしたのも、こんな事をしたのも生まれて初めてだった。
皆がいる時じゃないと出来ない。一人では絶対に出来なかったこと。
こうやって私は自分の想いを少しずつ消していこうと必死だった。
8月17日、【今日の夜、家に行きます】というメールからゆうちゃんが来るまでかなりの時間があった。
私は自分の気持ちに決着をつける為、友達と電話したりメールしたりしていた。
“今日できっちり終わりにする”“言いたい事全部言う”
そして最後にゆうちゃんを引っ叩いてやろうと決めていた。
ゆうちゃんが来た。
居間に入りつっ立っているゆうちゃんに「座ったら?」と言った。
ゆうちゃんはソファーに座りその前に私は正座をして座った。
「まず、昨日の事謝ります。ごめんなさい。」とクラクション事件を謝った。
「いいよ。仕方無いことやから。」とゆうちゃんは言った。
「皆の事悪く思わんといて。皆はし~☆の為にわざわざ来てくれてし~☆はほんとに助かった。」
「それは分かってる。」
この4日間、ゆうちゃんが逃げていた4日間の話、今までの話、私は泣かずに言いたい事を言えた。
言ったつもりだった。
「し~☆はゆうちゃんが今でも好きです。」と言う私に 「俺も好きや。」と言ってくれた。
もうこれでいいと思った。この言葉が聞けてこの時はこれでもう十分だった。
ゆうちゃんへの荷物を二階から持って下り玄関に置いた。
そしてその中にはみかんゼリーも入れた。
お泊りに来た次の日、必ずみかんゼリーを食べて仕事に行っていた。
ゆうちゃん用に買っておいたみかんゼリー2個、冷蔵庫にあった。
「帰るわ。」と言うゆうちゃんを見送る事にした。
玄関でやっぱりたまらなくなった私は「最後にギューっとして。」と言った。
いつもの朝、ゆうちゃんが仕事に行く前にしていた事。
それを今はもう違う形でしている。
我慢していたのに泣けてきた。
その昔、友達が言った言葉に怒った私も同じ事をゆうちゃんに言っていた。
「一番じゃなくてもいいから、二番でいいからゆうちゃんとおりたい・・・」
「俺がし~☆を二番に出来るわけがないやろ・・・」
「し~☆がいっぱい尽くしてきたん分かってたん?」
「それはよく分かってたよ。し~☆が尽くしてくれてたんはよく分かってた。
今までで一番ラクやった。今までで一番自分を出せた。俺のパンツずらすんなんかし~☆だけやった。」
「嫌や、やっぱり別れたくない・・・」
「この4日間で痩せたか?食べてるか?」
「分からん・・・別れたくない、好きやもん。」
「俺も好きや。好きやからご飯ちゃんと食べろ。好きやからそれ以上痩せるな。」
そして今まで一度も言われた事なんて無かったのに「タバコ止めろ」と言った。
これで最後になる優しさかのように私に接して帰って行った。
ゆうちゃんが帰って行く車を、その車を私はずーっと見ていた。
見えなくなって追いかけたけれどもういなかった・・・・
心配していた友達に「終わりました。」と電話をした。
泣けてきた。
「よ~頑張ったな。」と誰もが言ってくれた。
そう、もうこれで全て終わったんだ・・・ゆうちゃんとの3ヵ月半が・・・
ケリをつけた達成感!?と悲しいのと寂しいのと辛いのとで泣けてきた。
引っ叩いてやろうと決めていたのに出来なかった。
ゆうちゃんは「引っ叩くか?いいぞ。」と言ったけれど出来なかった。
好きだから、嫌いにはなりたくなかったから。
張っていた糸が切れた。
そして売ってしまおうと思っていた漫画とCDを返すことにした。
憎しみの気持ちでいたくなかった、お金に換えたりしたくなかった。
ゆうちゃんに電話した。出ない・・・ もうやっぱり出ないか・・・
【言い忘れた事がありました。電話下さい】とメールした。
ゆうちゃんから電話がかかってきた。
「泣ける物ばっかり入ってる。」と言ってゆうちゃんは泣いていた。
そして漫画とCDは明日取りに来ると言った。
「じゃあ明日来る前に電話して。」と言って電話を切った。
次の日は近所のおじさんのお葬式だった。
ミー姉と一緒に行き、私の事を心配してか帰りに家に来てしばらくいた。
ゆうちゃんから夜【今から行ってもいい?】とメールがきた。
コラ!!私はメールじゃなくて電話してっていたでしょうが!!
「いいよ。」と私から電話をかけてやった。
そして「コンドームも持って来なさい。」と言った。
私は喪服を着替える事自体も面倒でそのままの格好でいた。
家に来たゆうちゃんは恥ずかしそうに「これ・・・」と言ってポケットからブツを私に差し出した。
私はそのままゆうちゃんの手を引き家の外に連れ出した。
「どこ行くの?」と驚くゆうちゃんを向かいのマンション下のゴミ捨て場まで連れて行き
「ここにコレ捨てろ!」と命令した。
「え?ここに?」「そう。」「え?いいの?」「いいから、もったいないとか思ってんの?」「思ってないよ!」
私と使おうとしてたブツを誰かと使われると思うと嫌になった。
「あとで拾ったらアカンで!!」と言って家に戻った。
居間に用意してあった“ゆうちゃんへ返す物”を見てビックリしていた。
私は漫画とCD以外にたくさん用意していた。
≪新品のお弁当箱≫
現場が終わり事務所に戻ったらお泊りに来た翌朝はお弁当を作ってあげようと思ってかなり前から買っていた。
≪カップラーメンカレー味≫
カレーも大好きなゆうちゃん。いつもコンビニのお弁当だけじゃ足りないからこれも食べているって聞いてたから。
≪キシリトール≫
ゆうちゃんの車に積んでいたキシリトールを私がバクバク食べたから。
≪百均の鏡≫
コンタクトを入れるのに必要だとゆうちゃん専用として買っておいた。
≪チョコクランチ≫
大阪のお土産。一緒に食べようと思って冷蔵庫に入れていた。
≪未開封のカルピス1.5L≫
お酒もタバコもしないゆうちゃんが私の家で飲むからとストックしてあった。
私専用の2階の冷蔵庫には常にゆうちゃんが食べたり飲んだりするものを私は切らさず用意していた。
それらをすべてゆうちゃんに渡した。
この日は二人でソファーにもたれながら手をつないで色々話をした。
昨日までとはまた違い、お互い普通というか落ち着いて会話していたと思う。
お腹がグルグルなる私・・・かっこ悪・・・
「俺が美味しいのん(返したカップラーメン)作ったろか?」と言う。
爪を見ながら「爪の色がおかしい」と言う。
「ちゃんとお風呂入ってんのんか?喪服しんどいやろ、着替したら?脱がしたろか?(笑)」と言う。
寝転んで「ほんとここは何か落ち着くんよなぁ~」と言う。
何かもう遠い過去の話でもしているようだった。
そしてゆうちゃんが帰る。
車までまた見送った私は、やっぱりどうしようもない気分になった。
助手席のドアを開けて「花火大会行きたい。」と言ってしまった。
そう、8月27日はまだ付き合っていた頃に行こうと約束していた花火大会だった。
「・・・それで最後にするか?」と言うゆうちゃんに
「それは・・約束できへん・・分からん・・花火大会行きたい・・」
黙って考えるゆうちゃんに「それまで電話をメールもせんから前の日にゆうちゃんが電話してきて」と言った。
「分かった。」と言って大きく手を振りながらゆうちゃんは帰って行った。
この日はほんの少しだけ気持ちが落ち着いた。
家に入ってゆうちゃん専用のアイスがある事に気付いた。
あっ、これも渡すの忘れた・・・・