透明な瓶に手紙をつめてインターネットの海へ            by雪虫の伝説

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2007年01月14日
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カテゴリ: ちびたエンピツで

もっとも今日の写真ではありません。
一月一日初詣の日の写真です。

お客さんがいて
ちょっと照れて立っていました。
島津斉彬 の像の話です。




徳川の鎖国政策は、大船建造を禁じていました。
その国禁を破って薩摩藩は洋式軍艦を造り始めてしまいました。
しかし 島津斉彬 は筋を通します。

琉球大砲船を造りたい。
琉球船を改造して大砲を備えるがふだんは諸島の運搬船にあてる。
ことある場合は警備につく。



嘉永5年1852年のことです。

薩摩がこの願書を出したときには
「 いろは丸 」はもう半分以上も進工していました。
造りたい・・ではなくて・・造るだったのです。

願書に添えて
来年あたり米艦船がやってきますよ・
・と情報も入れておきました。


幕府も痛し痒しです。
筆頭閣老の 阿部正弘 は譜代の水戸家よりも
一番頼りにしている親友 斉彬 のやることだし


翌年の3月になって幕府は小さな声で返事をしました。

知らないふりをしてやるよ・・・という黙許です。


歴史は教科書に載っているようには流れていません。


外様大名薩摩藩は
結構好き勝手に動いていたように思います。


江戸生まれの江戸育ち・・
江戸弁しか話せなかった 島津斉彬 はおもしろい藩主でした。

彼の早すぎる死に関して
暗殺説が消えることがありません。





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最終更新日  2007年01月14日 00時36分53秒


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