灰色猫のはいねの生活

灰色猫のはいねの生活

4月~その2



「探偵?」
「そうです。」
まるちゃんの、ひっそりとした、けれど驚きを隠せない声に丸尾くんはきっぱりと言いました。
「これは、私のコンタクトレンズ姿を見たあなただけに教えることですよ。」
その秘密の匂いの、何か面白さに、まるちゃんはごくりと唾を飲み込みました。
「コンタクトレンズをしていれば、誰も私だと気付かないでしょう?それを利用して、事件を解決するのです。」
まるちゃんは、まるでテレビの中の様な話にどきどきしていました。
だから、
「さくらさんは、適当に抜けていてみんなが油断するので、名探偵の秘書にはぴったりです。」
なんて、誉め言葉か、けなし言葉か解らないような丸尾くんのセリフに大きく頷いてしまったのです。
「それじゃあ、まず、事件を探しましょう。」
月曜日の昼休みのことでした。

「事件って言っても、何にも無いもんだねえ。」
放課後、2人は公園に来ていました。
公園のあまり目立たないはじっこで、こそこそと話し合っています。
そんな2人を、遠くからたまちゃんがみつめていました。
「あれが、夕陽の君?」
土曜日の放課後、突然まるちゃんから一方的に、夕陽の君のことはもういいからと言われて、納得のいかないたまちゃんはまるちゃんを尾行していたのです。
昼休みに丸尾くんなんかと親密に喋ってたかと思えばどうでしょう。
いつもなら2人で仲良く遊んでいるはずなのに、たまちゃんの知らない男の子と一緒にいるではありませんか。
その格好からして、間違いなく夕陽の君です。
「まるちゃん、どうして…。」
夕陽の君が見つかったのなら、仲良くなれたのなら、隠すことなく言って欲しかったのに。
たまちゃんは思いました。
キューピット役の自分は、確かにふがいなかったのだろうけれど、いつだって自分はまるちゃんと喜びも悲しみも分かち合ってきたのに。
「ひどいよ、まるちゃん…。」
どうして良いのか、たまちゃんには解りませんでした。

「まるちゃん、公園に遊びに行こうよ。」
火曜日の放課後、たまちゃんは勇気を出してまるちゃんに言いました。
「あ、ごめん、たまちゃん。ちょっと用事があるんだ。」
「まるちゃん、昨日もそう言ったね。」
「う、そうだっけ?」
慌てたまるちゃんは、たまちゃんの悲しそうな様子には気付くゆとりがありません。
「何か、私に隠してない?」
「そんなことないよ。じゃ、さよなら。」
まるちゃんは、ダッシュで教室を駆け出して行きました。
また、夕陽の君と会うんだ。
たまちゃんはそう思いました。

「今日も何にもなかったねえ。」
放課後、2人は商店街に来ていました。
人通りの多いこの場所なら、何か起こるかと思ったのです。
そんな2人を、またもやたまちゃんは木陰から見つめていました。
「まるちゃん、やっぱり…。」

「じゃあ、まるちゃん、さよなら。」
水曜日の放課後、たまちゃんは急いでまるちゃんに別れを告げると、昨日のまるちゃんよりも急いで教室を走り出しました。
まるちゃんが遊んでくれないことは解ってる。
誘って断られるなんて悲しい思いはもうしたくない。
だから、まるちゃんよりも先に帰るんだ。
たまちゃんはそう思ったのです。
いちもくさんに家に帰ったたまちゃんは、ベッドに倒れ込むようにうつ伏せになりました。ぽろりと涙がこぼれます。
しばらくじっとしていたたまちゃんは、赤い目をこすって立ち上がりました。

「今日もやっぱり何にも無いよ。」
今日の2人は駅前に来ていました。
相も変わらず、何も起こりません。
そんな2人を、たまちゃんはじっと見つめていました。
悲しくて、胸が張り裂けそうで、でも、追いかけてしまう。
たまちゃんは、まるで、辛い恋でもしているようでした。

「たまちゃん、今日は公園に行こうよ。」
木曜日の放課後、まるちゃんがいいました。
「今日は、用事があるの。ごめんね。じゃあ。」
たまちゃんは足早に教室を去りました。
今日はきっと、夕陽の君とは一緒に遊べないんだ。
だから、私はその変わりなんだ。
昨日よりも苦い涙を、たまちゃんは噛みしめていました。

「本当に事件なんて起きるのかなあ。」
まるちゃんが言いました。
今日は神社の境内に来ています。
そんな2人を、やっぱりたまちゃんがみつめていました。
夕陽の君もまるちゃんのことが好きなのかしら。
用事があるのに、今日も一緒にいるなんて。
もう、まるちゃんにとって自分は用無しなのかもしれない。
たまちゃんは、失恋したかのような気分を味わっていました。

金曜日、たまちゃんはもう尾行する元気も無くなっていました。
「探偵って難しいねえ。」
そのころ、まるちゃんは丸尾くんの家で教育ママの買って来たケーキを食べていました。

そうして、事件が起こったのは、土曜日のことでした。
半日の授業を終え、のんびりとお昼ご飯を食べて、公園、商店街、駅前、神社とまるちゃんは丸尾くんと2人でぶらぶらと歩いていた時でした。
「たまちゃんのおばさん。」
「まるちゃん。」
曲がり角でいきなりたまちゃんのお母さんに出会ったのです。
「たまえ、見なかった?」
「ううん、今日は一緒に遊んでないけど…。」
おばさんは焦って言いました。
「学校から帰ってないの、あの子。もう陽が暮れるのに、お昼ご飯も食べてないのよ。」
「えっ。」
「もし見掛けたら、教えてね。」
おばさんはたまちゃんの名を呼びながら駆けて行きました。
「これは事件ですよ、さくらさん。」
「丸尾くん!」
まるちゃんが叫びました。
「たまちゃんは私の親友だよ。そのたまちゃんがいないんだよ。事件なんておもしろそうに言わないでよ!」
「すいません…。」
丸尾くんがしゅんとして言いました。
「一緒に探して。」
2人は夕陽のしずむ道を駆けだしました。

自分を呼ぶ声が聞こえる。
そう、あれはまるちゃんの声だ。
まるちゃん以外には無いのだ。
だって、ここは、この場所は…。
「たまちゃん。」
「まるちゃん…。」
神社の奥の森の中、ひっそりと忘れられたように横たわる土管。
ここは、まるちゃんとの秘密の場所だったのです。
「たまちゃん、心配したんだよ。」
-まるちゃん-
そう言おうとして、たまちゃんは言葉を止めました。
まるちゃんの後ろに夕陽の君がいたのです。
「ひどい…。」
たまちゃんはそれだけを呟くように言うと、泣き出してしまいました。
「ほなみさん、どうしたんですか?泣いてちゃわからないじゃありませんか。」
なんで夕陽の君が私の名を。
いや、それよりも聞き覚えのあるこの声は…。
「丸尾くん?」
ムリヤリ涙を振り切って見た夕陽の君は、まぎれもなく丸尾くんでした。
「えー、な、なんで?メガネ…、メガネは?」
おどろいて、涙も引っ込んでしまいました。
「あ、ばれてしまいましたか。」
丸尾くんは淡々と言いました。
「コンタクトレンズなんです。」
「じゃ、じゃあ、丸尾くんが夕陽の君だったの?」
「たまちゃん!」
慌ててまるちゃんが口をふさぎます。
「は?何ですか?夕陽の君って。」
丸尾くんが首を傾げました。

お母さんが心配しているので、取り合えずたまちゃんは家へと帰りました。
お昼を食べていなかったので、お腹はぺこぺこです。
美味しい夕食を食べた後に、たまちゃんはまるちゃんと、長い長い電話をしました。
聞いてみたら何てことはないお話でした。
「ごめんね。たまちゃんを悲しませるつもりはなかったの。でも、丸尾くんにコンタクトのこと内緒って言われてたし、どう説明していいのかわからなくて。でも、もう探偵やめるよ。」
たまちゃんには、辛くて、悲しくて、そして驚きの1週間でした。

そうして、日曜日、久しぶりにまるちゃんと公園で遊ぶ約束をしたたまちゃんは、出会い頭にこう言いました。
「まるちゃん、私も探偵やるよ!」
「ええー。」
まるちゃんは驚きました。



【あとがき】~羽衣音~
4月のお話はまるまんまプロローグでした。
来月から丸尾くんを中心に、まるちゃんとたまちゃんの3人での探偵が始まります。
けれども…。
まるちゃん達の住む街はまるっきり想像だし、土曜日が半日というのも時代を感じさせますが(笑)このお話を読んで、小学生だった時のことを思い出していただければ嬉しいな。
今の羽衣音があるのも、もう今はないあの小学校のおかげです。

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: