灰色猫のはいねの生活

灰色猫のはいねの生活

1月



「ねえ、今日は何して遊ぼうか?」
「そうだね、あ、スケートでも行かない?」
「うん、行く行く。」
「ねえ、私も行っていい?」
そんな声の飛び交う土曜日の放課後の事でした。
今日は半日、明日はお休み。
浮かれ気分の小学生達がはしゃぎながら階段をかけて行きます。
背中のランドセルがちょっとだけ大きかったのでしょう。曲がりかけた階段の踊り場で裕子ちゃんの背中に押される形で、真奈美ちゃんが転んでしまったのです。
「ごめん、大丈夫?」
あわてて裕子ちゃんが言いました。
「…うん。」
膝をついた真奈美ちゃんが体を起こしました。
「あっ!」
ズボンの丁度右膝が転んだ時にすれたのか、ぱっくりと破れていたのです。
「…ごめん。」
裕子ちゃんは一言謝ると、もう何も言えなくなってしまいました。
「ひどい…。」
真奈美ちゃんは小さく体を震わせると、そのまま何も言わずに走り去ってしまったのです。
裕子ちゃんはいったいどうしたら良いのでしょう。

「どうしたら良いと思う?」
「…。」
まるちゃんとたまちゃんの、まるで捨てられた子犬の様にすがりつく瞳を前に、丸尾くんは黙ってしまいました。
「裕子ちゃんはすっごく気にしちゃってるんだけど、一緒にいた礼子ちゃんは骨が折れた訳でもないしって言うし。」
「恵ちゃんは弁償しなきゃって、ね。」
まるちゃんとたまちゃんは顔を見合わせました。
「…弁償まではしなくても良いでしょうが、何かお詫びの品を上げるくらいはした方が良いでしょうね。」
「お詫びの品って?」
「どんな物?」
瞳を輝かせたたまちゃんとまるちゃんに、丸尾くんはちょっとげっそりしました。
「そのくらいあなた達で考えてください。ケーキとか真奈美さんの好きなお菓子とか。」
「ケーキ…。ケーキ食べたい。」
まるちゃんがぼそりと言いました。

「本当にごめんなさい。これ、私がよく行く喫茶店の手作りケーキなの。とっても美味しいの。お詫びの印。ママと行って買ってもらったの。」
丸尾くんのアドバイス通り、裕子ちゃんは真奈美ちゃんの家までお詫びの品を持って行きました。
「…。」
差し出した裕子ちゃんの手から、真奈美ちゃんはケーキの入ったピンク色の箱を払い落としたのです。
「何するの!」
裕子ちゃんが叫びました。
「あの服、自分で買ったのよ。」
真奈美ちゃんも、それに負けないくらいに言いました。
「お年玉とお小遣いためて。いつも3人のお姉ちゃん達のお下がりばかりで、新しい服なんて1回も着たことなくって、だから、一生懸命お小遣いためて、今日、始めて着たのに。」
裕子ちゃんは、ただ真奈美ちゃんの言葉を聞いていました。
4人姉妹の末っ子の真奈美ちゃんと違って、裕子ちゃんは一人っ子です。誰かのお古なんてそれこそ1度も着たことがないのです。
「裕子ちゃんにはわからないでしょ?家だってお金持ちで、服だっておもちゃだって何でも新しい物、いっつも買ってもらえて。」
-そんなことない。
そう言おうとして、裕子ちゃんは言えませんでした。
「…さい。…ごめんなさい。」
どうしたらいいのかわからないまま、裕子ちゃんはただ、謝り続けました。

「どうしたら良いと思う?」
「…。」
さすがの丸尾くんも今度ばかりは何も言えません。泣いている裕子さんを前にして、力になりたいとは思うのだけれど。
「時間を置いたらどうですか?」
ようやく丸尾くんはぼそりと言いました。
「今は真奈美さんも頭に血がのぼってるでしょう。そんな時に何をしても無駄なんじゃないですか?」
「うん、そうだよねえ。」
まるちゃんが言いました。
「でも…。」
泣きやまない裕子ちゃんを見てたまちゃんが言いかけました。
ため息しかでませんでした。

日曜日は雪でした。
うっすらと視界をふさぐ白い雪を見ながら、みんなは何を考えていたのでしょうか。

「真奈美ちゃん。」
校門の所で朝1番に裕子ちゃんが声をかけました。
ほっぺは寒さで真っ赤です。
「これ。」
真奈美ちゃんに赤い紙袋を差し出しました。
「昨日1日、家のお手伝いをしてお小遣いもらって買ってきたの。あのズボンの破れたところにはってもらおうと思って。」
手渡された袋を開けると、中にはウサギの可愛いアップリケが出てきました。
「…かわいい。」
真奈美ちゃんは思わず言いました。
「これで許してもらえるかどうかわからないけど、本当にごめんね。それから、これ…。」
もう一つ、裕子ちゃんはコートのポケットからウサギの形をした消しゴムを取り出しました。
透明で、薄くピンク付いたきれいな消しゴムです。
「真奈美ちゃん、欲しがってたでしょ?あげる。」
「でも、これお店で最後の1個だったやつでしょ。裕子ちゃんだってすっごく気に入ってた…。」
「いいの。」
裕子ちゃんが首を振りました。
「真奈美ちゃんにもらってほしいの。」
真奈美ちゃんはじっと裕子ちゃんを見つめ、小さく
「ありがとう。」
と言いました。そして、
「ごめんね。」と。
冷たくなった裕子ちゃんの手を握りながら、真奈美ちゃんは教室へと入って行きました。
お金では絶対に手に入らない物があるのだと、裕子ちゃんは思いました。
お金では買えないからこそ、遙かに価値があるのだと。

「ケーキ…。ケーキ食べたい。」
昨日の雪で、尚更、真っ白い生クリームのケーキが食べたくなったまるちゃんでした。



【あとがき】~羽衣音~
これも羽衣音の経験談。
小学生の頃、お年玉で新しいジャージを買って始めて学校に着ていった日。
スケートで転んだ同級生のスケート靴の刃が羽衣音の足に引っかかって、ケガは無かったもののジャージは切れちゃった。
羽衣音は怒った!めっちゃ怒った!!
しばらく怒っていた後…どうしたっけか???(笑)

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