灰色猫のはいねの生活

灰色猫のはいねの生活

2月



土曜日だけはいつもよりちょっぴり夜更かし出来ます。
明日は日曜日。
みんなお寝坊できる日です。
8時から欠かさず観ているバラエティ番組が終わり、そのまま点いていたテレビの横長の画面にそれが映った時、たまちゃんの心臓はどきんとはね上がりました。
それが何だったのか、お母さんに聞くこともできずにたまちゃんは、ただテレビの画面を食い入るようにみつめていました。

「たーまちゃん。」
「たまえ、まるちゃんが来たわよ。」
テレビをぼうっと眺めているたまちゃんにお母さんが言いました。
夕べからたまちゃんはテレビの前を離れないのです。
いつもなら10時には言わなくとも部屋へ戻ってお布団に入るのに、昨日ばかりはお父さんに夜更かしはだめだとお小言をもらったほどでした。
「うーん?」
たまちゃんはまだぼうっとしています。
「ほら、テレビばかり観てないで、まるちゃんとお外へ言って来なさい。」
「…はーい。」
たまちゃんはしぶしぶと立ち上がりました。

「ねえ、たまちゃん。さっきからどうしたのさ。ため息ばっかりついて。」
何を話し掛けても上の空で生返事ばかりするたまちゃんに、まるちゃんは聞きました。
「…まるちゃん。」
たまちゃんは目をうるませてまるちゃんの名を呼びました。
「まるちゃん、夕陽の君に恋した時のこと、覚えてる?」
「夕陽のきみぃ~?」
まるちゃんは一瞬「誰それ」と聞こうとしました。
去年の4月の夕陽の君事件なんて、それがコンタクトレンズを付けた丸尾くんだったこともあって、本当に記憶の彼方だったのです。
「あ、ああ。夕陽の君ね。って、結局あれは丸尾くんだったし…。」
「でも、好きだって思ったんでしょう。」
まるちゃんの言葉を遮る強さでたまちゃんが言います。
思いつめた表情でした。
「私、今ならまるちゃんの気持ち、判るの。好きになるって、恋するってこと…。」
たまちゃんは遠くの空を見上げました。
両手を胸の前で握り、うっとりとした表情です。
「昨日から、どきどきしたり、そわそわしたり、ご飯もおやつも喉を通らない…。」
「たまちゃん、それって…。」
「そう、私、恋してるの!」
そう言ってまるちゃんに視線を戻したたまちゃんのメガネの奥の目には、まるでハートマークが点灯しているかのようでした。
「だっ、誰に?」
たじろぎながらまるちゃんが聞きます。
すると、うって変わって小さな声でたまちゃんは言いました。
「わからないの…。」
「じゃあ、まず、最初から話してよ。」
いつもの調子を取り戻したまるちゃんが聞きました。

【たまえの初恋ノート】と、大きな赤いハートマークの表紙には書かれていました。
夕陽の君事件では、活躍することのなかったあのノートです。
ぱらりとめっくた最初のページには、びっしりと文字が並んでいます。下の方には似顔絵まで描いてありました。
『2月1日
今日、初めてあの人を見ました。
一瞬だけ、それでも私の心をとりこにするには充分でした。
静かに凪いだ海なのでしょうか?
それとも湖なのでしょうか?
蒼い水面が後ろに広がっています。
その水際に佇む彼の瞳も又、蒼かったのです。
まるでブルーサファイアのようだと思いました。
本物は見たことがありません。
でも、本物の宝石よりも彼の瞳の方が輝いているのでしょう、きっと。
最初に背を向けている彼がゆっくりと横顔になり、その美しい瞳は一心に水面を見つめています。
そうして、ゆっくりと目を瞑り、頷くようにこちらに振り向くのです。
外国の女の人が歌う歌が、とても彼に似合っていました。
彼が真正面に向き合った時、私の心を、彼は盗んだのです。
あの蒼い瞳で。』
「た、たまちゃん…」
「なあに、まるちゃん。」
何故か赤くなりながらまるちゃんは言いました。
「蒼い瞳って、もしかして…外人?」
「外人なんて言わないで!…彼は外国の人なのよ。」
たまちゃんの勢いに、同じ意味じゃんと言うつっこみをまるちゃんは飲み込みました。
「髪も綺麗な金髪なの。」
しゃべる度にハートマークが飛び出しそうなたまちゃんでしたが、それ以上は彼の事は何もわかりませんでした。
「だって、彼にみつめられたら心臓が止まりそうだったんだもん。」
ほほを染めて言います。
実際、何のCMだったかでさえ、まるちゃんは覚えていなかったのです。
「丸尾くんに相談してみようか?」
まるちゃんの言葉に、たまちゃんは恥ずかしそうに、けれどもしっかりと頷きました。

「それは、もう、前途多難ですね。」
メガネを外した丸尾くんは顎をさすりながら言いました。
「それを何とか。」
まるちゃんが食い下がります。
「一つ聞きますがね、その外国人の彼を見付けてどうするのですか?」
「?」
まるちゃんは首を傾げました。。
「見付けたとしても彼は芸能人です。
私達、1静岡県人としては雲の上の人です。
そんな人に恋したからと言って、どうなるものでもないでしょう?」
たまちゃんは黙っています。
「第一、私達はまだ小学3年生なのですよ。
仮に今、恋をして両思いになったとして、そのまま付き合い続けて結婚出来るとでも思っているのですか?
夢を見るのは結構ですが、適わぬ現実をつきつけられて苦しむのは、ほなみさん、あなたなのですよ。」
まるちゃんには丸尾くんの言っていることがよく判りません。
「…それでも…。」
たまちゃんが口を開きました。
「それでもいいよ。
そんな、両思いとか付き合えるとか不可能なのは判ってるよ。
会うことだってあるかどうかわからないもの。
でも、初めて恋をしたんだもん。
このままじゃ、何も手につかない。ご飯も食べれない。
何か、何かしたいの!」
真剣にたまちゃんは言いました。
丸尾くんも真剣に聞いています。
まるちゃんだけが、まだ首を傾げていました。
「わかりました。」
丸尾くんが言いました。
「考えてみましょう。」

まず、丸尾くんはもう1度CMを見付ける事を提案しました。
夜8時から10時の時間帯をビデオで撮る事です。
幸い、お金持ちの丸尾くんの家にはビデオがあるのです。
今夜から1日ごとにチャンネルを変えて録画します。
日曜日のCMは月曜日に、月曜日と火曜日のCMは丸尾くんの塾の関係で水曜日に見ました。
水曜日のCMは木曜日に木曜日と金曜日のCMは土曜日の午後に見ました。
そうして、とうとうそのCMを見付けたのです。
「今でも思い出すのは君の唇…」
そんな彼のセリフがながれます。それは口紅のCMだったのです。
「これが記憶にないとは、よっぽど彼に心奪われていたのでしょうね。」
丸尾くんがくすりと笑いました。
たまちゃんの目は再びハートマークになっています。
「では、また明日の午後に私の家に来て下さい。私に考えがあります。」
コンタクトレンズをした丸尾くんの瞳は自信に溢れていました。

【たまえの初恋ノート】
『2月7日
とうとう彼を見付けました。丸尾とまるちゃんに感謝します。
彼はテレビ画面の中で、初めて出会った時と同じ様に、微笑んで私を見つめました。
BGMは外国の女性が歌う歌のようだと丸尾くんが言いました。
それはCMにとてもよく合っていましたが、私はその女性がうらやましくてなりません。
森を走り抜けるシルバーメタリックの車。
辿り着いた湖で車体によりかかる彼のグレーのスーツがとても格好良く見えました。
彼が思い出す「君」とはいったい誰のことなのでしょう。
それがCMの作り事だと判っていても気になってしまうのです。
風に吹かれながら沈む夕陽をみつめる寂し気な彼の側に私がいられたら。
強くそう思いました。』

次の日の午後、丸尾くんはたまちゃんに驚く物を渡しました。
それはCMそのままの彼のピンナップだったのです。
「こ・こ・こ・これ、どうしたの?どうしたの、丸尾くん!」
丸尾くんは不敵ににやりと笑いました。
「昨日、あれから隣りのお姉さんの所へ行って女性雑誌を借りたのです。
テレビCMはそのまま雑誌の広告ページになることが多いのです。それから、これ」
そう言って丸尾くんの差し出した切り抜きには《うわさのCM》と書かれています。
『女性用化粧品(口紅)のCMでありながら、未だ少年と言えるような彼。
じわじわと人気上昇中の彼へのファンレターの宛先はこちら!』
最後の数行がたまちゃんの目にとまります。
「ファンレター…」
「送ってみたらいかがですか?」
丸尾くんが言いました。
「きっと、いい記念になると思いますよ。」

たまちゃんは、それから一生懸命ファンレターを書きました。
初恋ノートに何度も下書きをして、文房具屋さんでステキなレターセットを選んで、漢字を間違えない様に辞書を引いて、なるだけ丁寧に書きました。
封筒にピンクのハートのシールで封をして、ポストに入れたその日はバレンタインデーでした。



【あとがき】~由記~
由記の初恋は小学1年生の時。
1番近所の同級生の男の子で、いつも一緒に登下校してました。
「20歳になったら結婚しようね」なんて話してたっけ…(遠い目)
初恋っていくつになっても忘れられないよね♪

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