ズッキーニ殺人事件～羽衣音
昨日のハウスで、母親に冗談まじりで言った言葉。
それがまさかこんなことになるなんて！
私の家は北海道は十勝の畑作農家で、家庭用にハウスでいろいろな野菜を作っている。
７月のこの時期、ハウスの中は獲れ始めた野菜達でにぎわっていた。
イタリアントマトでトマトソースを作ろうと、ようやく涼しくなった夕方に私は家の裏にあるハウスへ行った。
入口付近でトマトをもいでいると、奥から母親が現れた。
漬け物用のキュウリを獲っていたらしい。
ふと振り向くと、大きな葉を広げて一帯を締めているズッキーニが目に入った。
昨年から作り始めたこの野菜は、あまりに獲れすぎるために今年は植えないと両親に言われたが、私が１本だけとお願いして育ててもらったものだ。
我が家の野菜は何でも大きい。
土が良いのか肥料のおかげか。
ただ単に無精で獲り忘れているうちに大きくなってしまったのだが。
そのズッキーニのあまりの大きさに
「これって誰か殴り殺せそうだよね～♪」
私のその言葉に母親は
「本当にね。」
と笑って言った。
それが昨日のことだった。
父は防除に、母は草取りにと私が起き出した時には既に２人共畑に行っていた。
台所を片付けて、お風呂を掃除し、着替えて外に出る。
夏の日差しが照りつけた。
今日も暑くなりそうだ。
近所のスーパーでの売り出しに行くために私は車を走らせた。
２Ｌ入りのペットボトルのお茶や缶コーヒーを箱ごと買ってくる。
その他にもボックスティシュやトイレットペーパーの生活必需品。
何軒がスーパーを廻り、私は昼近くになって家へと戻った。
相変わらず暑い。
車を車庫に入れ、荷物を家へと運び入れようとした時だった。
玄関フードを開けると、締め切っていたその熱気にむっとする。
それと同時に、何か青臭いような臭いがあった。
缶コーヒーの箱を抱えていた私は、何となく下のコンクリ部分に目を落とす。
その途端、私の腕から箱が滑り落ちた。
口が開いた箱から缶コーヒーが１本、ごろりと出る。
「何、これ。」
紅い、いや黒と紅が混ざったようなこの色。
何かをぶつけて落としたような。
まるで血のような紅。
その横に、ぼっきりと折れたズッキーニ！
「これって誰か殴り殺せそうだよね～♪」
昨日の私自身の言葉が蘇る。
冗談まじりで、冗談で言ったことなのに。
「何してるの？」
草取りを終えた母親が汗を拭きながらやって来た。
「あら、コーヒー落としたの？」
そう言って拾おうとして、そのまま固まる。
「それ…。」
言葉が続かない。
母も昨日の私の言葉を思いだしているのだろう。
大きくて、重いズッキーニ。
ズッキーニ殺人事件！
そんな言葉が頭に浮かんだ時、玄関のドアが内から開いた。
「おお、帰ってたのか。
トマトとズッキーニ獲って来たのに、玄関で転んで落としちゃったよ。」
のほほんとした父親が言った。
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