灰色猫のはいねの生活

灰色猫のはいねの生活

第五話


「最初はいいとこのお嬢様だったんだけどな。」
はなちゃんが仕切るように話してる。
「毛なんかもふかふかでさぁ、あの子がデブ猫じゃないかと疑ったくらいふわふわだったんだぜ。」
でもその猫目は鋭く光ってる。
エプロンが似合うような雰囲気なのに。
その目は仔猫を見守る母親の目とも違って。
「それがどうしたことか、こともあろうにあんな田舎に捨てられちまってさ。迷い込んだのがあの子の家だったって訳さ。」
金色のその目とあたしは見つめ合った。
「最初は捨てられちまって警戒してたけど、あの子はこんな風来坊の俺の面倒もみてくれたから、こいつなんてめっちゃ可愛がられたよ。」
猫族のガン付けはケンカを売るってコトだけれど、この灰色猫のはちょっと違う。
「はいいろねこだからはいねって可愛い名前も付けてもらってな。」
どのくらいの時間だったのか、ガン付けし合うあたしたちにはなちゃんがちょっとドキドキしだすくらい。
灰色猫はふっと1度、目をそらし、すぐにあたしに向き直ってこう言った。
「お願いだからあの子を助けて。」
金色の瞳がきらきらしていた。
「あの子はとても傷ついているの。あの子を助けて。あなたなら任せられる。」
灰色猫は奥ゆかしく深々とあたしに頭を下げた。
あたしは答えなかった。
答えなかったけれど、ちょっとおもしろいあの募集に派遣願いを出した。
前の派遣を終えたばかりのあたしには、まだまだお休みがあって、今回はセレブっぽくドバイにでもバカンスにでも行こうかと思っていたところで。
高級ホテルのディナーやカクテルやマッサージやいい男が頭の中をぐるぐると廻りはしたけど。
あたしたち猫族は「幸せと共にやって来て、不幸と共に去って行く」のが原則。
猫好きな人にも猫嫌いな人にもどちらでもない人にも。
例えそれがどんな状況であっても。
あの子は今どんな気持ちでいるのか。
どうすればあの子を救うことが出来るのか。
あたしはデスクの上の猫コーヒーを一口飲んだ。
それはお砂糖がいっぱい入っていて、大人のあたしにはちょっぴり甘すぎた。
今まであたしが派遣されて出会った多くの人達の顔が浮かんで消えていく。
あの子を救えるのはきっと、百戦錬磨のこのあたしくらいよね。
あの子の履歴猫の陳情書と共に出した優秀なあたしの派遣願いは、特例として認められた。
けれど。
そのかわりに、あたしの派遣期間はきっかり1年だったのよ。

羽衣音.jpg

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