灰色猫のはいねの生活

灰色猫のはいねの生活

だれかおしえて


それは、決して子供だましではなかったのだと。
でも、その時の私は、本当にまだ幼かったのだ。

家の裏には大きなくるみの木があった。
おじいちゃんと手をつないで、ちょうど一回り出来た大きな木。
秋にはたくさん実を付けた木。
そこで、私はその人に会ったのだ。
もう、10年も昔のこと。
「何をしているの?」
その人はまるで森の妖精のように、長い黒髪をなびかせていきなり現れた。
「…何も。」
驚いたのを隠して、とりつくしまもない言葉を吐く。
小学3年生の私は本当にひねくれた子供だったのだ。
「落ち着く場所ね。」
そう言って、その人は当然のように私の隣にふわりと腰掛けた。
「ここは私の場所なの。ずっと前からそう決めているの。だから勝手に座らないで。」
仏頂面で言う。
「でもね、私の質問に答えてくれたら、ここにいること、許してあげる。」
振り向いて始めて、その人が白い服を着ていることに気が付いた。
「なあに?なぞなぞかな?」
いつもなら子供扱いされただけで口をきくのも嫌になる。
それこそが、子供である証拠なのに。
「人は死んだら、どこへ行くの?」
見つめたその人の瞳は私を吸い込んでしまいそうなほど澄んだ黒だった。
「…さあ、それは、わからないわ。」
目をそらさず、子供だましの言葉でごまかそうとはせずに、軽く首を傾げてその人は、言った。
「誰か、亡くなったの?」
「おじいちゃん。」
夏休みの最後の日に、あのうだるような暑い日に、おじいちゃんは病院に運ばれて息を引き取ったのだ。
「優しい、おじいさんだったのね。」
「どうしてわかるの?」
何も知らないくせに。
そう続けようとした。
「あなたが、悲しんでるからわかるの。おじいさんを、とても好きだったのでしょう?」
うなずいた。
目が痛くなる。
「みんなに聞いたの。おじいちゃんはどこへ行ったの?って。
お父さんは、遠くへ行ったんだって言うの。
お母さんは星になったんだって言った。
遠くってどこ?星ってどの星なの?みんなうそつきよ。
おじいちゃんは焼かれて、骨になって、お墓に埋められてるんじゃない。
でもね、お墓に話しかけたって、おじいちゃんは応えてはくれない。
おじいちゃんは、どこへ行ったの?
おしえて、だれかおしえてよ。」
おじいちゃんが亡くなってから、始めて涙が出た。
私はずっと叫び続けていたのだ。
おしえて。だれかおしえて。
「あなたは、どうしてこの場所へ来たの?」
その人は白い手で静かに私の頭をなでた。
おじいちゃんがよくしてくれたように。
「おじいさんとの、思い出の場所だったんでしょう?ここへ来たら、おじいさんと一緒にいるような気がしたのでしょう。」
その通りだった。
お父さんもお母さんも仕事で、夏休み中、おじいちゃんと二人でここへ来た。
自転車の後ろ、つかまったおじいちゃんの骨ばった背中はとても強かった。
朝早く、クワガタを見つけた。
木陰で2人、草笛を作って吹いた。
まだ青い草で縄の編み方を教えてくれた。
草を結んで仕掛けた罠に、ひっかかったのはおじいちゃんだった。
メダカの泳ぐ小川で、笹舟が進んでいくのを、2人でじっと見ていた。
夏の夕陽が向こうに沈んで行った。
「人が亡くなるとどこへ行くのか、どうなるのか、生きてる私たちには絶対にわからないことだわ。
でもね、あなたはおじいさんが好きで、おじいさんもあなたを好きだったのでしょう。」
こっくりと頷く。
涙がこぼれて落ちた。
「それは、おじいさんが亡くなっても、変わらないわ。」
立ち上がって、その人はにっこりと微笑んだ。
「絶対に変わらないわ。」

その人が誰だったのか、どこから来たのか、もう思い出せない。
でも、欲しかった答えをくれたことだけははっきりと覚えている。
その答えは私の中にあったことも。
どこへ行ったのでもない。
ずっとここに、私のなかにいると。
何も変わらずに、ずっと。
白樺.jpg

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