灰色猫のはいねの生活

灰色猫のはいねの生活

その7


それこそ散歩用のつなに変えたとたん飼い主を無視してぶっ飛んで行ってしまします。
由記ちゃんが転んでも構わずに前へ進もうとしていました。
「それって権勢症候群じゃない?」
物知りな大介くんが言いました。
本来、群で生活する犬は飼っている家族を群の仲間だと思っています。
家族の中で自分がリーダーだと思いこむと、わがままな犬になってしまうのです。
「…そうかも。」
由記ちゃんは思いました。
ドッグフードを手にあけて食べさせたり、学校から帰ってランドセルをしょったまま散歩へ行ったり、気付けば権勢症候群になる要素はたくさんあります。
「テレビでやってた直し方、教えてあげるよ。」
大介くんはとても優しくて、由記ちゃんは大好きなのです。
土曜日の午後に家に来て、一緒に散歩をする約束をしました。
由記ちゃんの家から1キロほど離れたところに大介くんの家はあります。
畑を横切れば五百メートルほどで近いのですが、今日は自転車でやって来ます。
後ろのタイヤの横に付いたカゴの中には、今日のおやつのクッキーがかたかたと揺れながら収まっていました。
これは内緒の話ですが、実は由記ちゃんは自転車に乗れなかったのです。
近くの大介くんが、一緒に小学校に通うために一生懸命教えてくれて、由記ちゃんは自転車に乗ることが出来たのでした。
「みつっていくつ?」
「8才だって。」
大介くんの問いに由記ちゃんは元気よく答えます。
「8才って人間にしたら五十才くらいだよ。」
「そうなの?みつってもうおじさんなんだ。」
由記ちゃんは、大介くんが来てくれたことがうれしくてたまりません。
「おじさんなのに、みつって変な名前だね。」
「本当はもっと長い名前なんだって。お父さんが聞いたんだけど、覚えられないくらい長かったんだって。」
「ふうん。じゃ、散歩行こうか。」
「うん!」
いつも通り玄関から引きづなを持って出てくると、鎖を引きちぎりそうな勢いでみつが吠えます。
「いつもこんな感じ?」
「うん。」
前足を上げて飛び出そうとするみつの首輪に何とか引きづなをはめ、鎖の金具を外すとすごい勢いでみつが走り出します。
引き綱を腕にからめ、ふんばっていないと引きずられてしまいます。
そんなみつを見て、大介くんも一緒につなを持ってくれました。
2人で引っ張られながらみつの後ろを追いかけます。
五百メートルほど行くと、少しおとなしくなりました。
由記ちゃんの家の前のじゃり道は町道だけれど、道道の大きな舗装道路からの枝道で、ほとんど車の通りはありません。
時々、近所のトラックやトラクターが通るけれど、その時は畑によければいいので絶好の遊び場所でした。
ちょっと前には、道路のそばをちょろちょろと流れる川でカエルの卵を採りました。
大介くんに自転車の乗り方を教えてもらったのもこの場所です。
トラクターで起こしたばかりの畑はまだ黒々としていて、秋まき小麦だけが緑色のじゅうたんのようでした。
「権勢症候群の直し方なんだけど、散歩は必ず人が優先して行き先を決める。犬が勝手な方向に行ったら、その反対方向へ引き返すんだって。」
大介くんが言います。
「引きづなをもっと短く持って、足のそばにみつをつけて。一緒に歩いてみなよ。」
言われた通りに、由記ちゃんはみつを横にぴったりとつけて、みつが前に出るとくるりとふり向いて引きよせました。
何度そうしても、みつは由記ちゃんの前を行き、引きづなのからまった由記ちゃんはとうとうおしりから転んでしましました。
恥ずかしくて、みつが情けなくて由記ちゃんは涙が出ました。
家に帰って、大介くんが持って来てくれたクッキーを2人で食べました。
「みつって、権勢症候群とはちょっと違うみたい。」
由記ちゃんは何も答えられませんでした。
「きっと、散歩がすごい好きなんだよ。だからあんな風に走っちゃうけど、わがままな犬とはちょっと違うね。」
大介くんの言葉に、由記ちゃんはちょっとうれしくなりました。
「また、来週、一緒に散歩しよう。」
「うん。」
大介くんと一緒にゆっくり散歩が出来るように。
みつがきちんと言うことのきく賢い犬になるように。
由記ちゃんは1人で、大介くんが教えてくれた散歩の仕方を根気よく続けました。
そんな風に人知れず由記ちゃんががんばっていた頃、本州から飛行機で送られて来たと言うメスの柴犬がペットショップの人に連れられて来ました。
繁殖は妊娠してもしなくても1回2万円かかると言います。
「みつの子供は犬のコンテストで優勝した事もあるんですよ。」
ペットショップの人が自慢化に話します。
つまりは、その犬個体はどうでもいいんだ。
血統書さえ正しければみつがどんな犬だろうと、お手さえ出来ない犬でも関係無いことなんだ。
本当は捨てられたんだ、と由記ちゃんは思いました。
繁殖にしても年老いた犬は、ペットショップにとっても用無しなのでしょう。
捨てたり殺したりすれば、ペットショップとして人聞きが悪い。
だから、こんな見ず知らずの犬嫌いな娘のいる家に預かってくれなんて簡単に言ったんだ。
ペットショップだって商売なのでしょう。
利益がなければ成り立ちません。
それはそうだけど、よく解ってはいるけれど。
その結果がみつだとしたら、それはあまりに哀しすぎます。
ペットショップの人が帰ってから、由記ちゃんはみつをぎゅっと抱きしめました。
それから、もう2度とみつの繁殖はありませんでした。

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