演劇



3年生の時に主役をやらせてもらい、大成功をとげる。

それが快感となり、高校生の時は、「客演」という形で文化祭に出演。

本格的に始めたのは専門学校に入ってから。

唐十郎氏(この間の「北の国から」に出演)を尊敬し、亡寺山修司氏(「明日のジョー」

の歌を作った人。力石徹のお葬式で喪主を務めた話はあまりにも有名)に憧れ、「ア

ングラ」にのめりこむ。

初めてお金をいただいて演じた役はSMの女王サマ。

私の役どころは新人の何も知らない女王サマで、先輩女王サマ達に「プロ」の女王サ

マになるように調教されていく・・・という過激な役。

(当時、小劇団の中でSMをテーマにした芝居がはやっていた。ボンテージファッシ

ョンがはやったのもこの頃)

ストリートに出て、ゲリラ芝居もやった。

その時は、抽象的な内容でわかりにくかったのにもかかわらず、人の輪ができてう

れしかった。

それがキッカケで、次の芝居が決まった。

某専門学生達が作った劇団で、主役をやらせてもらった。

田舎から都会へ家出してきた少女の役だったので、禁煙させられたのは辛かった。

自分で脚本をおこし、演出・主演をやった芝居ではなんと!変態教師役を演じた。

なぜか、男性にうけた。

その当時、絶大に尊敬していた麿赤児氏(舞踏家。大駱駝鑑の創設者。何かのCMに

出てたときは驚いた)の家が御近所で、公演のお手伝いをさせていただいたときは

すこぶる感動した。

仕事が忙しくなってからなかなか活動ができなくなり、現在に至る。

今ではすっかり、「思い出」になってしまった。


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