星の国から星の街へ(旧 ヴァン・ノアール)

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2022.01.12
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数年前に友人が日本から送ってくれた村上春樹訳「マイ・ロスト・シティー」をまた読み始めました。6篇の短編のうち「残り火」と「氷の宮殿」は長編「グレイト・ギャツビー(華麗なるギャツビー)」発表の4年前に「楽園のこちら側」でデビューした年に書かれたもので、「悲しみの孔雀」からの4篇は1929年の「世界大恐慌」と時を同じくするように時代の潮流から見放され、妻「ゼルダ」の病、書いても書いても評価されない貧困生活の中、アルコールに溺れながら執筆した作品です。

 村上春樹氏は影響を受けたアメリカ人作家の中でも特に「スコット・フィッツジェラルド(1896-1940)」を『読み終えて何ヶ月も何年も経ってから突然、まるで後ろ髪を掴むように読者を引き戻していくタイプの作家である』と前書きの「フィッツジェラルド体験」の中に書いています。

 私自身は大学時代に英米文学を専攻していて、フィッツジェラルドは20代前半で初めて何冊か読みました。確か「氷の宮殿」の中の普通の文章が続く中でいくつか「綺羅星」のように光り輝く文があったのを今でも覚えていて(翻訳者の名前は思い出せませんが)あの綺羅星にまた出会えたらと思っているのですが・・。

第一次世界大戦の戦勝で湧き上がるアメリカで 24歳の若さで「時代の申し子」と持て囃され、パリへ移り住み、パーティーからパーティーへと飛び回る合間に高額で買い取られる短編を次から次へと書きなぐり、散財の果てには出版社から前借りまでして破滅的なサイクルに嵌り込んでいく様子は作家というよりある点では 「ゴッホ」や「モディリアーニ」のような画家と重なって私には映ります。

 妻のゼルダは破綻していく生活に耐えられずは精神を患い、書いても書いても世間から見向きもされなくなった作家として44歳で亡くなりますが、初期の短編「残り火」や「氷の宮殿」を改めて読むと「悲観的世界観」や「崩壊の予見」という彼の一貫したテーマが貫かれていることが分かります。

 同時代のアメリカ人作家として「老人と海」でノーベル文学賞を受賞した「アーネスト・ヘミングウェイ(1899-1961)」がいますが、彼が自殺した原因というのは「文章に対しての絶望」というような事が書かれていたのを以前読みました。それに対してフィッツジェラルドは最後の最後まで「書く」ということに夢、情熱、愛着を持ち続けた作家なのだと思いながら読むと作品がまた一層愛おしくなります。

 『ヘミングウエィは牡牛で、僕は蝶だ。蝶は美しい。しかし牡牛は存在する』フィッツジェラルドが1流作家と2流作家の境界線として書いた1文です。










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最終更新日  2022.12.01 10:20:31
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