銀の鬣●ginnotategami

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●伝言板はかく語りき





「初詣の件 1/3 ○ チェ子」
飯田橋の掲示板に几帳面な文字。
197×年、1月4日のことである。

12月の初め、チェ子と約束した。
「ねえ、一緒に初詣、行こうよ」
「そうやな、でも1度故郷に帰るから、正月やし」
「3日ぐらい?東京に帰ってくるの」
適当な空約束、「うん」と答えたけど、色々あってさ・・

正直言うと、とても行き詰ってた。
好きだから、一緒にいたいとは 限らない。
近頃、二人の間に沈黙が多くなった。

12月の中ごろに、知ってしまった。
君がお見合いするって、お正月の2日に故郷で
おせっかいな君の弟が教えてくれたよ。
君も乗気だと聞いたけど、それは話半分で聞いた。

12月の末、チェ子に電話を掛けて
「正月2日に初詣に行こう」と誘ってみた。
「2日は・・・3日にしょ、ね」とチェ子。
「なら、ええわ」半分捨て台詞。

もともと、二人の大学が近いこともあって、
飯田橋の掲示板は、便利に使っていた。
古そうな伝言を勝手に消して、その上に僕らのを書いた。
ポケベルも携帯電話も無かった時代だ。

結局、故郷にも帰らず、
狭い下宿屋のコタツの中で、
つまらない正月を過ごした。
特に1月2日は最低の気分だった。

1月3日も、そのコタツから動かなかった。
1度、大家さんが「電話だよ」と呼びに来たが
「いない」と断ってもらった。
想像は付いたが、誰からかは 聞かずじまいだ。

でも、でも、このままの僕ではいられない。
チェ子、これまで居てくれて ありがとう。
もう、開放してあげるよ。本当だ。
これからの君を、見ることは出来ないけれど・・

チェ子の伝言を消して、「さよなら。チェ子」とだけ書いた。

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