こんなところに、ラボ・パーティの小さな公園がある

こんなところに、ラボ・パーティの小さな公園がある

定村忠士さん



一昨日、もとラボ教育センター出版編集局長でいらっしゃった
定村忠士さんとのお別れの会に参加しました

定村さんはラボ・パーティの初期から65年から80年まで
谷川雁さんとともにラボ・ライブラリーの制作にあたられていた方です
SK1『かみなりこぞう』から『国生み』まで・・・・
『たろうのおでかけ』の歌やグルンパの歌はこの方がつくったものです

定村さんの書かれたラボ・パーティ資料集1980・別冊
「覚え書き SK1The Thunder Boy 誕生のころ」
に詳しく制作のプロセスが書かれています

80年に退職され、編集者、著作家、劇作家として活躍されました
谷川雁さんと物語文化の会を設立されました事情から
その後直接の交流はありませんでしたが・・・・・・

谷川雁さんの葬儀では葬儀委員長を務められました
そのような機会や劇「グラバーの息子」上演の時に
お目にかかることが出来たぐらいでしたが・・・

私は69年から80年までこのお二人からたくさんのことを学びました
谷川さんや定村さんの精神を受け継いでやってきたつもりです
でも力およばず・・・
彼らの残したものを超えることはほとんど出来ませんでしたが・・・・

名前は忘れ去られても
ラボ・パーティのなかに彼らの精神や夢が生き続けてゆくことを願ってやみません


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