こんなところに、ラボ・パーティの小さな公園がある

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小学生の受け入れ体験




    ジャスティンと出会って    S.SHOHEI.(5年)
                   東北支部 郡山地区 YTパーティ


 うねめ祭り、僕にとってもう、わざわざ見に行かなくてもいいや、
と思える夏のお祭りが、今回は歴史のあるすごい夏祭りに見えた。
それは、僕の家にホームスティしていた、ジャスティンが参加したからだ。

 昨年の七月十一日、ジャスティンが僕の家に来た。
ホームスティが始まったのだ。
ジャスティンは背が高く頭を下げるようにして玄関を入って来た。
どう声をかけていいかわからない、ドキドキしている僕に、
「こんにちは。」
と声をかけてきた時には、少し驚いてあわてて、
「こんにちは。」と返事をした。

僕には、高校生の兄と中学生の姉がいる。
二人とも英語で家の中を案内したり、なにか声をかけて大きな声で笑ったりしていた。
うらやましかった。
でも、僕は英語が話せないしジャスティンとどう会話していいかわからなかった。
ジャスティンの質問には首を振るばかりだった。
英語がわからない、話せない、という気持ちでいっぱいだったから、ジャスティンが、
「ゲームしよう。」と日本語で言っても、英語に聞こえてしまうほどだった。

しかし、毎日一緒に過ごすうちに、ジャスティンの顔を見ていると、
何を話したいのかがわかってきた。ジャスティンにギターを習った。英語の歌も習った。
僕はゲームを教えた。それから、すもうの事も教えた。
英語が話せなくても、会話ができる事を僕は知った。

それから、毎日毎日が楽しくなった。
ジャスティンに僕から声をかけるようになり、日本語は僕が教えてあげた。
一緒に温泉に行った時は、お風呂の入り方も教えてあげた。
ぜんぜん知らなかったアメリカ人のジャスティンとこんなに仲良くなれて、
僕の大切な兄がもう一人増えたみたいだった。

 なぜ、こんな気持ちになったのだろう。
それは、僕自身が自分の中に、英語が話せないという壁を作っていて、
その心の中の壁は、人の声も間違って聞こえてしまうほど邪魔をして、
相手の姿まで見えなくなってしまったからだと思う。
つまり、僕自身が心の壁をなくすことで、ジャスティンと仲良くなり、
言葉が通じなくても、心が伝わるようになったのだと思う。

 そのジャスティンが、うねめ祭りに参加することになり、太鼓の練習が始まった。
知らない人の中に入って行くと、ぜんぜん話せなくなる僕にとって、
太鼓の上手な片平町の人の中に加わって、
真剣な顔で練習しているジャスティンの姿がすごくかっこよかった。
 うねめ祭り当日、ジャスティンは足袋を履いて、はっぴを着てはちまきを締め、舞台に上がった。
太鼓のリズムはとても難しいのか、家に帰って来てからも練習していた。
ドンドン、カッカッカというリズムが上手にできたときには、僕の体も熱くなってきた。
そして、ジャスティンと太鼓を乗せた車の後ろをついて走り、いつまでも太鼓のドンドン、カッカッカを体で感じたいと思った。
僕の体に響いた太鼓の音は、ジャスティンにとっても、日本で最高の思い出になったと思う。

 もう、わざわざ見に行かなくてもいいや、と思ったうねめ祭りが、
こんなに人の心に響く日本の文化そのものだったとは気が付かなかった。
僕にとって夏祭りといえば、ゆかた、うちわ、太鼓といった、
当たり前の風景が全部最も日本らしく歴史のある文化だったとは、とてつもない驚きだった。

 ジャスティンがホームスティに来たことで、僕は大きく変わったと思う。
1つは、言葉が通じなくても心は通じ合えること、
もう1つは僕の身近なところに日本文化があるということを知った。
今度は僕が、ホームスティに行きたい。

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