多重債務者の交差点

多重債務者の交差点

(13)T.知の場合


鹿屋の◯文具店に勤務しましたが、
平成1年3月、社会保険未加入職場での不都合を生じ、退職。
同年6月、◯屋(手取12)で勤めました。

おしゃれと無縁の18歳が一変したのはブランド商品を扱う◯屋の誘惑でした。
◯屋メンバーズカード(KC)を作り後先も考えずノルマ達成にショッピングを続けたのです。
やがてきた月末支払に(KC)(NC)から各30万借入れし返済に充てました。

平成3年2月、借金を内緒に◯と結婚、同年4月、◯屋を退職。
平成3年5月「◯生命」勤務。
しかし手取りは2万円しかならず上記返済はできないと消費者金融「R」50万円借用。
さらに名義貸し。
消費者金融「T」30万円借入。「◯生命」同僚の◯未払い分まで返済するありさま。

平成4年7月、妊娠発覚。
同年、名義貸しの◯が自己破産申し立て。
再三再四の取り立てに情緒不安定、つわりもひどく契約もとれず「◯生命」退社。
やがて夫の協力もなく、
生まれる子のため自己破産を申し立て下記のようになったのです。
平成5年(モ)第◯◯号。
免責決定確定平成7年3月◯日。

でも2年後、また過ちを繰り返したのです。

平成2年2月、長女誕生。
平成7年3月、親子3人で宮崎に引っ越し、
夫は基地内(自衛隊)勤務から◯官職務に。
◯官は拘束なく自由にパチンコが打てます。
つまり夫は自ら借金を増やし始めたのです。
夫のパチンコ狂いは独身時代からで◯官になり輪をかけ酷くなったのです。
私は長女を抱え仕事もできず徐々に生活が苦しくなってきました。
平成7年8月、義母が子宮ガンを患う。
病院通い、義父の食事、パチンコ、家賃滞納と難儀が1年続きました。
平成8年12月「日南◯」勤務、手取り10万円。
保育園費3万円、家計は大丈夫と思っても夫の借金が100万円を超えると事は重大です。
私は過去に破産した身、お金は作れません。
2人に知人もなく全てが延滞、電気も止まりました。

平成12年8月「日南◯」退職。
平成12年9月、近所の惣菜屋でパート、のち消費者金融「W」の
保証人になってくれた◯さんと出会う。

平成13年8月、惣菜屋閉店のため◯店勤務。
平成14年3月、夫、鹿屋に転勤。
パチンコの借金150万円を超す。
このころ義姉夫の葬式費用に消費者金融「T」から20万円借用する。

平成14年7月「E」寿4丁目店勤務。
平成14年9月、夫がトヨタカードで借金を作る。
いつもお金お金、相談すれば暴力ばかりで実家に帰ることもしばしば。
平成15年1月、私は無理を承知で消費者金融「S」の無人店にいきました。
それが、驚くことに10万円借りられたのです。
翌日「Ac」の無人店でも40万借りられました。
平成15年5月「Ai」50万借入。
うわべだけでも家計は満たされ持ち直したように見えました。
しかし平成15年6月、心身無理を重ねたのが悪かったか、
妊娠中の私は救急車で鹿児島市立病院に搬送され帝王切開、
7ヶ月の未熟児を3時間後死亡させたのです。
費用50万円、夫が工面してきました。
退院後は術後経過が悪く生活費に響きます。
やむなく消費者金融「3w」「N」から各50万円借用しました。
夫のパチンコは一日15万円も負けることがあり、
これでは私名義の借金は意味しません。

平成15年9月、一本化の焦りが某雑誌の広告先に電話を。
係は消費者金融「Wa」「Wd」から各50万円づつ借り、
30%の30万円を紹介料として振り込めと。
俗にいう紹介屋で、結局その通りにしました。

平成15年12月、夫はボーナスを家庭にいれず自分の借金とパチンコに使いました。
私の財布はからっぽでしたが8万円にはなるという誘いにのって
鹿児島東部◯センターに勤めたのです。
ここまでにいたる一連の私名義借金は夫には内緒です。
たとえ生活が苦しいとはいえ、一度破産した私が再び多重債務者になることは
公務員のプライドに関わるのです。
自分のパチンコは棚にあげ、
私におきた2度の悲しみも理解せず、ただ性欲を満たすだけ。
それでも妻として世間体を保たねばならないとは悲しすぎます。
生を許されなかった遺児の悲しみを背負い、けなげに生きる長女を考え
とことん頑張ってみようと、平成16年1月、ふたたび某雑誌の広告先に電話したのです。
無理な一本化の夢ばかりみては騙され、
あげく別口「Wz」20万円借用は保証金という名目で
10万円もとられたのです。

平成16年2月4日「Wd」から保証人◯をたて100万円(増額)借用。
平成16年6月、とつぜん「Sr信販」200万円の融資の電話がありました。
私は前後見境なく30万円を手数料前払い。
が、それっきり連絡は途絶えたのです。
警察への相談も「そりゃあんたが悪い」の一言でした。

平成16年7月消費者金融「Ar」10万円、ヤミ金の「Es」「Sv」から5万円の借入。
平成7年7月18日、夫が疑うボーナス残高確認に友人N.Kから35万円借り
預金通帳に偽装工作した事実は妻として情けない限りでした。
7月23日から夫の夏期休暇もパチンコ三昧、借金総額200万円。
もう私の金策は不可と「Yr」で集金した売り上げ26万円を流用する。
ヤミ金取り立てが海上自衛隊◯基地で吠え夫に全てが分かる。
メンツを気にする夫、離婚だの罵声で私は家を追い出されました。

平成4年から今日まで私はなんのために生きてきたのでしょうか。
どこが悪かったのでしょうか。
立ち直る機会も与えてくれず紙は私を見放したのでしょうか。
債権者数12件、債務額382万円、約定支払い55万円(7月)は
とても夫婦断絶した状態で私が支払えるものではありません。
かといって免責確定決定から10年たっていないのです。
でもどうしようも有りません。
私は全て覚悟のうえ遺児と長女のため自己破産申立を再び決意したのです。

(10年という、免責不許可原因が最大のポイントでした。しかし彼女は免責したのです。
地獄に神様がいたわけです。しばらく涙声の電話に私ももらい泣きしたものでした)

(13) T.知の場合 終わり

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: