多重債務者の交差点

多重債務者の交差点

(35)B.優の場合


県立◯高校を卒業後、地元の◯医院に就職しました。
当時、手取10万円のうち2万が母名義の車ローン、3万が親への援助でした。

同年12月31日、兄の車で追突事故。
翌年1月、被害者への支払いに◯信用金庫より20万、月1万の返済。
平成2年8月、体調不良で◯医院を退職。
しばらくは預金、失保でローン返済、生活費に充てていましたが、
それも平成3年夏には就職が決まらない短期アルバイトのせいで家計がひずみ始めました。

平成4年3月、◯化粧品に勤務。
手取12万は借金に3万、家族に4万、残り5万を私生活に。
同年夏頃には車検が重なったため◯信用金庫が延滞、やむえず三洋信販から30万借入。
この時期、
両親は畜産農業に関わる費用や次兄の借金肩代わりなどで1千万の負債を抱えていました。
返済に追われる父は昼に土木作業員、母はパートと。
両親の給料はほとんど借金返済に流れ家計は火の車でした。
また◯化粧品のノルマは厳しく、
未経験で入社した私は自分で商品買いしてノルマを達成させるという具合でした。
しかし、
そんな無理はいつまでも続かず、
思考の幼稚な20代は便利なNCカードに負け月の借金返済は5万にまでなりました。

一方、両親も借金返済が滞りあちこちのサラ金に。
あげく私をより頼り8万も両親に渡す羽目になりましたが、
毎月4万のマイナス、これでは私個人がやっていけません。

やがて平成5年、レイク、ユニマット、武富士と各10万円の契約も借金のための借金で、
私個人150万の借金になりました。

平成6年7月、
通勤車不良のため下取り交換費用にオリコから130万借用、
月2万ボーナス10万の契約をしました。

翌月、無理を重ねた母が脳血栓で倒れました。
母の収入は途絶え、
逆に手術入院費と母の借金を私とUターンした長男にかかってきたのです。
長男は昼の仕事を終えると深夜は運転代行を。
私も昼を終えると深夜までホステスを。

同年10月、母退院するも同月31日、自宅の風呂場から出火、家屋と車2台を全焼。
火災保険が2千万おりましたが右往左往の支払で500万を残すだけ。
その後、親戚の空家を借り生活しました。

平成8年、
バブル崩壊と共に給料の大幅カットが原因でサラ金増額借入、負債は250万になりました。

平成11年、親戚と問題発生、
借りていた家を出ていくのを機に自宅を新築することになりました。
父は借金と年齢で契約不可、東京転勤の長男名義を相談するが反対。
それでも両親が迷惑かけないという条件をのみ、
長男は住宅金融公庫から1千万の借入、月42000払いの契約を結んだのです。

平成11年3月、とつぜん◯化粧品が倒産。解雇されました。
退職金100万。
その後、仕事なし。
同年8月から昼はデパート、
夜はホステスとするが体調不良(心臓疾患。高校の時手術)で続かない。

平成12年1月、◯ジャパンに就職(手取8万)は助かりましたが、
この時期、父が心臓を悪くし畜産農作業は機械を頼り再び数百万の借金を抱え込んだのです。

私の18万の内訳は自分の借金に10万、
私生活に5万、両親援助3万でしたが、同年夏、車検が重なりワールドから20万借金。
このとき私個人の借金は350万に膨れあがっていました。

母の病後、そして父の体調不良後は自分の借金を禁句しました。
それは余計な心配をかけまいとする私の愛だったのです。
とはいえ平成13年8月31日、人員削減で◯ジャパンから解雇。
その後、20数社の面接も30過ぎでは採用されず。

平成13年1月頃からいよいよ借金支払いが困難になってきました。

平成14年8月、
人材派遣会社に登録、◯販売会社に日給月給手取18万で勤めました。
しかし借金はいっこうに減らず借金のための借金を繰り返すばかりで。

平成15年6月、
ワールド延滞の件で
「一括返済、保証人、給料差し押さえのいずれかをきめろ」と言ってきました。
いずれもできる相談ではありません。
まして給料差し押さえだなんて。
せっかく採用された会社にもいずらくなります。
ただでさえ毎日なんども取り立ての電話ばかり、バツの悪い思いをしています。
派遣社員は問題があれば、即、首になります。
やむなく同月26日三和ファイナンスから20万借入、ワールドに返済したのです。

長男は親をみないと断言するし次男も借金に追われる身「そんな余裕はない」といいます。
現在、両親の収入源は母のパートと父の年金だけですが、
父は体調不良でほとんど寝たきり状態。
その分、母がパートを終え畜産農業をしています。
だが、いつまた倒れることやら。
それが心配でたまりません。

これから先、
親子合わせて収入35万、借金総額1.650万(住宅公庫1000万含む)
月の支払いは30万(住宅ローンを含む)は食べるのを押さえても無理があります。
親子3人、自己破産する手もありますが一気に老いた両親を道連れにはできません。
ここまで育ててくれた親に対しお返しすることは安心できる老後です。
そのためには私の自己破産という犠牲など問題ではないと考えます。
今まで結婚もせず、ただ一家のことばかり考えて生きてきました。
この先、私は私で違う幸せを求め生き抜くため自己破産を決意しました。

(その後B.優とは不通。幸せに頑張ってればいいが・・・・)

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